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「……そういえば、さっき部屋で飲んでましたよね」
高熱の次はアルコールを疑ってくる。どうやら栄は羽多野の言動を何かのせいにせずにはいられないらしい。
要するに「おまえは正気とは思えないレベルおかしなことを言っている」と当てこすっているのだろう。
「あのくらいで酔うはずないって知ってるだろう」
部屋に押し込められた憂さ晴らしにウイスキーを取り出したが、ストレートとはいえ飲んだのはグラス半杯ほど。酒に強い羽多野にとっては飲んでいないも同然の量だ。
「酔ってないなら、俺がそういう悪ふざけ嫌いってこともわかっているかと。そんなことより荷物、元に戻さなきゃ」
すっと視線を逸らして、ついでに話も逸らそうとする。さっきまで慌てて隠した荷物の現状復帰を押し付けようとしていたことは忘れたかのように、栄は先に立って羽多野の寝室に入っていった。
羽多野は長尾なる男が持ってきた袋を抱えたままで後を追う。
一応は「愛の巣」であるはずの家に無遠慮に踏み込まれた不快感を昇華するために、この機会を逆手にとっていい思いをさせてもらったところでばちは当たるまい。羽多野の心はすでに決まっている。というか、自分でも意外に思えるほどむきになっている。
ポッキーだろうがMIKADOだろうがどっちだっていい。手近な方の箱をさっと開けて、中の袋を端から切った。
わざとらしいまでに羽多野の存在を無視しながら、栄はゴミ袋を手にする。
一番上に投げ込まれているオールデンのコードバンを手にして、窓から差し込む日光に透かすようにして傷の有無を確かめる。
ビジネスシューズなどしょせんは道具だと考えている羽多野とは異なり、革製品に愛着を持つ栄は、高級靴というのは常に傷ひとつなく、適度な湿度を保ってピカピカな状態であるべきだと信じている。
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