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「知ったような口きかないでください。何でそう思うんですか」
まんまと食いついてきたところに、おもむろに続ける。
「ものすごく弱そうだから」
「はあ!? 何を根拠に!」
案の定、わかりやすい侮辱の言葉に栄は顔を赤くして言い返してくる。ここまでくれば後はもう一押し。
「自意識過剰で羞恥心が強いから。そういうタイプはこの手の遊びに弱いんだ。すぐに耐えきれず、顔を背けるに決まってる」
「そんなこと……」
ない、と言い切りたい。でも否定すれば羽多野の思うつぼ。栄の表情に逡巡が見てとれる。微かに残る迷いを振り切れるよう、羽多野はもう一本MIKADOを取り出し、チョコレートをまとっている方を栄の側に向けてくわえた。
悔しければ行動で示してみろ。サインは明確だ。
でも、きっと栄だってわかっている。どちらかが顔を背けることのみでゲームの勝敗が決するのだとすれば、羽多野が敗北することなどありえないことを。そして二人とも意地を通しきった場合は唇と唇が触れ合うことになるのだから、結局は羽多野の勝ちに等しい。
ベッドに腰掛けて挑発的な表情を浮かべる羽多野を睨みつけながら、栄はじりじりとにじり寄ってくる。そしていざ心を決めたとばかりに、チョコレート菓子に顔を近づけてきた。
抱き合うときにはもっと近づくことはある。しかし明るい中での情事を嫌う栄は、普段はせいぜいベッドヘッドの間接照明ひとつしか許してくれないから、太陽光の中で近づいてくる恋人の顔は新鮮だ。しかも、意地の悪い羽多野に負けるまいと、長いまつげに縁取られた両目を見開いて——。
羽多野はレアな構図を焼き付けようとまばたきを堪えた。
が、それも一瞬のこと。パキッと乾いた音が響き、栄の顔は再び遠ざかる。
「俺をあんまり見くびらないでください」
そう言って栄は、半分ほどに折れたMIKADOを形の良い唇の内側に飲み込み、咀嚼しながら不敵な笑みを浮かべた。
「残念でした。そんな安っぽい挑発に乗ると思いました?」
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