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羽多野がこうなる可能性をまったく思い描いていなかったといえば嘘になる。とはいえ、99.9パーセントは勝ちを信じていただけに、虚をつかれた気分だった。
「……ちぇっ。いけると思ったんだけど計算違いか」
さっきより苦いMIKADOを味わいながら、思わず舌打ちをする。
単純な栄のことを見切っているつもりではいるが、たまにこんなふうに肩透かしを食らうことがある。
意地悪い勝利の笑みを浮かべていた栄がふっと目を伏せる。拗ねるような恥じらうような微妙な表情の変化と同時に呟かれる言葉。
「そういうとこ、腹立つんですよ。俺の考えが読めると思ってるのかもしれませんけど、全然ですから。昨日だって——」
そこでハッとしたように口をつぐむ。
小競り合いに勝利したと思って、きっと栄は気を緩めてしまったのだ。そして今度こそ羽多野はチャンスを掴み逃さない。
今、栄は何と言った?
昨日、羽多野が彼の考えを読み違えたのだとすれば、いつ、どのタイミングで?
ここ数日、円安対応で忙しくしていた栄は疲れているだろうと、こちらとしては先回りして配慮したつもりだった。毎週心待ちにしている「金曜の夜のお楽しみ」を紳士ぶって手放したが、本当は悶々としてしばらく眠れないままでいたのだ。
だが、もし栄も、昨晩風呂から出たときに羽多野の部屋の明かりが消えているのを見て落胆していたのだとすれば——確かに、大失態。
「それは、悪かった」
珍しくすぐさま謝罪を口にした羽多野に、栄が訝しげな視線を向ける。次の刹那、完全に警戒の緩んだ腕を引っ張り、羽多野は栄をベッドに引き摺り込んだ。
失態上等。敗北も上等。紳士ぶるのはやっぱり柄ではない。腕の下で驚愕の表情を浮かべる栄に、形勢逆転とばかりに羽多野は囁いた。
「なんだ、やりたいならやりたいって、言ってくれれば良かったのに」
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