(番外)ミカドゲーム

29/49
1152人が本棚に入れています
本棚に追加
/700ページ
 甘く意地悪く囁いてから羽多野が不敵に微笑むと、栄の端正な顔に浮かぶ感情は驚きから、わざとらしい哀れみへと変わる。 「……とうとう頭が……」  高熱、酔いの次はついに発狂を疑うつもりだろうか。ワンパターンな反応には食傷するが、よく見ればさっきまでとは異なり、栄の耳元はほんのり赤らんで目元にも微かなはにかみの色が浮かんでいる。  それどころか、顔を近づけて瞳をのぞき込むと、ますます気まずそうに視線を泳がせた。 「昨日だって」、と、あそこで言葉を止めたのは、彼自身が失言であることに気づいているから。  目を合わせたがらないのは、羽多野に言葉の続きを悟られたことを恥じて、どうにかごまかせないかと考えているから。  羽多野だって人間だから、たまには栄の反応を読み違えることはある。しかし、自らの過ちを認めたがらない栄と違って、羽多野には自らの失敗を分析し改善し、再チャレンジする柔軟性——悪くいえばねちっこさを持ち合わせているのだ。 「片付けの途中です、どいてください」  動揺の滲む声色すら、今度こそ正解を確信した羽多野には心地よい響きだ。 「いいよ、片付けなんか後で全部俺がやるから」  視線を追いかけるのはひとまず止めて、代わりに左の耳たぶに触れるか触れないかの軽いキス。羽毛のようなタッチに栄のきめ細かい肌が粟立つのがわかった。  淡い接触に意外なほどざわめくのはこちらも同じだ。一週間と一晩のお預けの後で、唇に触れた恋人の肌。鼻腔をくすぐる彼の香り。それだけで胸の奥がざわめくような、腹の奥が熱くなるような、言いようのない感覚が湧き上がる。  情緒のかけらもないような直情的で野生的な行為もいいが、思春期のようなまどろっこしいステップを踏んで感情と欲望を高めていくのも悪くない。とりわけ、相手が思春期レベルの自意識と羞恥心をいまだ持ち合わせている栄である場合は。  軽いキスから数秒あけて、今度は耳たぶをペロリと舐めて緩く咥える。戯れるように軽い甘噛みを繰り返しながら反対側の頬をさわさわと撫でさすると、触れている場所から戸惑いが伝わってくる。  激しく強引に迫れば反射的に抵抗してくる。優しく触れて、セックスに向かっているのいないのか曖昧にしているうちに行為になだれ込むのは、栄を穏当に誘うときの黄金パターンだ。
/700ページ

最初のコメントを投稿しよう!