(番外)ミカドゲーム

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 意地悪く組み伏せたい日もあれば、穏やかに甘い時間を過ごしたいときもある。今の羽多野はちょうど、中間の気持ちだ。  栄に後ろめたい感情がないことは重々理解しているが、いくら同僚相手で断りにくいとはいえ少々あの長尾という男につけ込まれ過ぎてはいないか。  荷物ごと寝室に隠されるというのは、ドラマや映画ならばむしろ間男の役回り。そんな茶番に付き合わされたのだから、少しくらい意地の悪い意趣返しをしたところで責められまいという感情。  一方で、思いがけず知ってしまった昨晩の本音。羽多野が紳士ぶってこのベッドで悶々としていたとき、壁を挟んだ隣室で栄も同じような焦燥に苛まれていたのだとすれば何とも滑稽で——いじましくて、可愛らしい。  栄に性欲がないなどとは思っていない。前の恋人との破綻の原因の一部がセックスレスであることは事実だろう。栄本人はそれを、そもそも自分は一般的な男よりそっちの欲望が薄く、そこに加えて仕事のストレスで下半身が役に立たなくなったことによるのだと分析している。  後者は確かに事実、というか「仕事のストレス」の一定程度は羽多野のせいだったりもする。だが前者については同意できない。  耳たぶを軽く愛撫しただけで身悶える反応の良さ。一時期は撫でても擦っても何の反応も示さなかったという下半身は、今では簡単に反り返って、卑猥な血管を浮かび上らせる茎を甘い蜜で濡らす。  触れなくたって高まれば窄まりをひくつかせ、奥まで貫き揺さぶってやると身も世もなく悶えては、堪えきれず甘い声をあげる。  単純に、臆病で人目を気にして失敗を恐れる彼には、セックスを主導する役割が向いていないのだ。本音では栄だってわかっているはずだが、昭和的マチズモを滑稽なまでに内面化してしまっている彼は、自身が「男らしいセックス」に向いていないなどとは決して認めたくない。  故に栄は「極めて理性的で紳士的であるのでセックスには慎重であり、かつ欲求も強くないタイプ」と嘯くことで自分を誤魔化してきたわけだ。  求められて、流されて、ときに甘やかされたりいたぶられたりする羽多野との行為に「嫌々」の体で応じることは、栄の厄介な自尊心をギリギリのところで守りつつ、本来の欲望を満たすことを可能にする。  我ながら便利な男だと思うが、そんな栄を腕の中に留めることで羽多野はささやかな自尊心や征服欲を満足させる。要するに、お互い様ということ。
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