(番外)ミカドゲーム

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「イエス/ノー枕でも買ってみようかな」  行為を終えて喉がからからだが、キッチンに行かなければ水はない。手近な場所にあるウイスキーグラスを手に取りながら羽多野が冗談めかすと、背中を向けて横たわる栄はこちらを見もせずに吐き捨てる。 「そのネタ、今の若者には通じないと思いますよ」 「君には通じたからいいんだ」 「一緒にしないでください。俺だって概念として知ってるだけです」  片面にYes、片面にNoと大書きされた枕の元ネタは確か、新婚カップスをスタジオに迎えて話を聞くという昭和臭あふれるバラエティ番組だ。  現代の感覚だと、日中に放映されるテレビ番組で夜の営みを想像させる景品など良しとはされない。件の枕は番組から姿を消して久しいと聞く。 「俺だって、ネタとして聞いたことあるくらいだって」  元ネタの番組についての知識は曖昧だが、秘書時代に付き合いで出席したパーティのビンゴ大会で、類似の枕が景品になっているのを見たことがある。出席者のほとんどは脂ぎったおっさんばかりで、セクハラギリギリのジョークグッズが笑いと共に飛び交う空間には正直辟易した。  だが、わかりにくい恋人と暮らすようになった今では、どちらを上に向けているかで相手の意思がわかるあの枕は、素晴らしい発明品なのではないかと思えてしまう。  残念なのはここが英国で、おそらくはバラエティショップでもアダルトショップでもイエス/ノー枕は売っていないであろうこと。  欧米の中では比較的慎み深いと言われる英国人だが、さすがに枕でセックスの意思を示す必要はないだろう。 「君は素直じゃないからな」  栄の気持ちをどうやって性格に推し量るかは解決できない問題だが、理解したつもりで気を回しすぎれば足をすくわれることだけは事実だ。  そういえば栄が口淫を拒んだとき、遠慮から途中で行為を止めた羽多野に対して栄は黙って不安を募らせた。 「そういう部分があるのを否定はしないけど、あなたに言われるとすごく腹が立ちます」  首やら腹やら内股やらにいくつも赤い、情事の痕跡を残されて栄はさっきから文句たらたらだ。  こんなことになるのなら、昨晩の配慮は不要だったと繰り返す。かといって馬鹿正直に羽多野がいつも欲望のままに振る舞うのが正解かといえば、ことはそう簡単ではない。
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