本編

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 返事をしながらはるか昔のことを思い出す。今ほど自分の志向について割り切れてもいなかったし、恋愛や性にコントロールも効かなかった十代の頃は栄なりに悩みも苦労もあった。  男子校で、しかも運動部。いくら「お上品で優等生で、ちょっと潔癖な谷口」という評価で身を守っていたとはいえ、周囲の生徒たちは無防備に目の前で裸を晒してくる。  過剰に意識した態度を取れば周囲から疑われる、かといって目に入ったものをそのまま受けながせるほど十代の体は理性に従順ではない。  温泉は嫌いだからと合宿ではひとりシャワーで済ませたし、着替えのときには周囲を見ないよう必死だった。そういった日々を経て、ようやく普通に振る舞うことが可能になったのだ。  異性愛者もおそらくは同じだろう。中高生の頃はちょっとしたグラビアに反応していても、大人になれば閾値も変わる。 「普通の男だって、三十代になれば女性の裸を見たくらいでコントロールできないほど興奮はしないでしょう」 「だったら俺に見られるのは?」 「あなたは別です。ろくなことしないから」  ぴしゃりと答えると、羽多野はわざとらしく肩を落とした。 「なんだよ、最近はちゃんと言いつけ守ってるだろ」  それはそうだ。そして、羽多野がお行儀よく言いつけを守っていることこそが栄の悩みのタネにもなっている。  望んでいないときに余計なことをして、多少羽目を外されたって構わないと思っているときにはおとなしくしている。まったく厄介な男だ。 「まあ、それは認めます。ていうか羽多野さんこそ、そもそも同性との経験はあるんですか。話を聞く限りとても『こっち』だとは思えませんけど」  どさくさに紛れて気になっていることを問うと、羽多野はあっさりと首を縦に振る。 「それは、まあそれなりに」  つまりそれは、羽多野は過去に男と寝たことはあるということだ。経験もない人間がわざわざちょっかいを出しては来ないだろうから案の定という気持ちが半分——そして落胆に似た気持ちが半分。なぜそんなふうに感じるのかはわからない。  男と女ならばどちらの方が好きなのかとか、どの程度遊んできたのかとか、本当は気になることは山ほどある。しかし動揺を見透かすような笑みを向けられるとそれ以上の質問をつい飲み込んでしまう。
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