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14
舟人が由良を医療舎に運び込むと、先立って連絡を受けていた一人の軍医が慌てて駆けて来て「こちらへ」と治療室へ舟人を案内した。
由良はというと悔しそうにまだ睨みをきかせてはいたが、血を流しすぎたのか何も言わず大人しく治療台の上に寝かされる。
「いやはや……第二飛行場からここまで運んでくるとは…さすがは搭乗員、身体の頑健さが桁違いだな」
付き添いたがる舟人を追い払い、飛行服を脱がし腹部と左太腿の状態を確認しながら軍医が驚嘆と呆れの混ざった声で由良に言う。
「……」
それを黙殺して由良は目を閉じた。
さすがに疲れたからだ。
ボロボロになった機体で半ば墜落するように不時着した衝撃で壊れた機体の破片により脇腹と太腿に怪我をした。駆けつけた整備員ら地上要員たちに機体から引きずり出されて、何とか第二飛行場まで歩いてきたものの、ついにそこで動けなくなった。しかしそこまで歩いてこれたのだから大仰に担架で運ばれるなんてまっぴらだ、と主張し続けていたところ舟人が現れ激怒して押し問答の末今に至るというわけで。
「うむ、寝ておけ。起きる頃には治療し終わっているから」
由良の様子を見て軍医が声をかけた。
その言葉を聞き、由良は張り詰めるようにしていた意識を暗闇へと手放した。
「……痛みに耐性があるのか、それが良いとも言い切れないが麻酔要らずでこんなに大人しく治療させてくれるのはありがたいな」
軍医は助手の衛生兵にそう零した。腹部にしろ、太腿にしろ縫わなくてはならない程の裂傷だ。痛みに弱い者であれば泣き喚き、場合によっては身体を押さえつけなければならないこともある。
由良の噂は医療部隊にも流れてきていた。自らを犠牲にするのも厭わない乱暴な飛行をして敵機撃墜を重ねているというからどれ程までの荒くれ者かと思っていたら、ほっそりとした体躯と涼やかな色白の面立ちをした文官のような男だったから驚きだ。しかしその相貌に似合わず全身から溢れる気迫は他者を拒絶する獣のようなそれで、担架で運ばれるのは恥だとこれほどの怪我を負ってなお自らの足で墜落場所から第二飛行場まで歩いたというのも何故か納得してしまうものだった。身体の丈夫さだけでなく、折れない強すぎる精神があるのだろう。
怪我をしてなおそんな苛烈さを放つ由良だが、傷の治療を大人しくさせてくれるのは少々意外だった。やや失血しすぎたところはあるものの、脈拍も呼吸も安定していて由良はただ静かに眠っているだけだ。
手早く止血、消毒、縫合を済ませると着替えなどを衛生兵や看護婦らに命じて軍医は治療室を後にした。
「先生!アイツは大丈夫なんですか!?傷は!?」
部屋を出るなり扉の前で待ち構えていた舟人が捲し立てる。
「百目木、お前まだいたのか」
由良の血で一見すると怪我を負ったように服も身体も汚れている舟人へ軍医は呆れたような口調で言った。
「由良は大丈夫なんですか、先生!」
焦燥からか舟人の声は大きい。
「大丈夫だ、少し縫ったが今は疲れたのか良く寝ている。いいか、百目木」
軍医はそこで言葉を切るとビシッと舟人に指を差してから続けた。
「病室に移動させるが決してうるさくしてアイツを起こすんじゃないぞ。それにまずはその身体を綺麗にしてきなさい。後数時間は眠っているだろうから、怪我人に張り付く暇があるなら上官たちへ報告をしに行くことだ」
何か物言いたげにしている舟人へ「これが守れないなら病室へお前を入らせないよう言っておくが?」と言い軍医は歩き去っていった。
「由良……」
無事で良かった。
と僅かばかりに安堵し、今すぐ治療室に入りたい気持ちをグッと堪えて舟人は言われた通りに一旦宿舎に戻るのだった。
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