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トラック島編成部隊から所属を帝国海軍南東方面第一二航空艦隊へと移されて数日、厚木少将から呼び出された百目木舟人は、司令部に向け、真上に太陽を背負い緩やかな上り坂を歩いていた。 半刻後、言い渡された言葉に階級を忘れ「は?」と目を見張ってしまった舟人を、帝国海軍の好々爺と称される厚木少将はにこやかに見つめた。 「し、失礼しました。しかし、今なんと……」 「短歌がね、あるんだよ。君の名前と、花登一飛の名前が出てくる歌が。それで、偵察員と操縦員だ。ちょうど良いだろうと思ってな」 「い、いや、しかし飛行の相性などをかんがみて決定するのでは……」 とんでもないペア選定理由に驚く舟人に、上官命令は絶対だ、と斬って捨てない厚木少将はやはりかなり人が良いのだろう。 「君の予科練の成績は見た。トラック島での戦績もな。そして花登一飛の飛行技術も問題ない」 が、しかしと言い淀み顔を俯かせかけた厚木少将は不意に顔を上げにこりと微笑んだ。 「良い歌なんだ、文字の並びが美しくてな」 「いえ、短歌のことを聞いているのではなくて……」 「由良の戸を 渡る舟人 舵を絶え……」 下の句を続けようとした厚木少将の声は、司令室のドアを叩く音で声になる前に消えた。 「失礼いたします。花登一飛、参上いたしました」 ドア向こうから温度のない涼やかな声が聞こえた。 「どうぞ、入りなさい」 厚木少将の呼びかけに応じドアを開けて入ってきたのは線の細い色白の男だった。 一見女人かと思ってしまうほど整った顔は、軍人というよりは良いところのお坊ちゃんで、確かに見た目に相応しい名前を持っているようだ。 由良は舟人にちらりと目線を向けて、厚木少将へ敬礼をした。 「御用があると伺いましたが」 一片も表情を崩さずに由良は厚木少将へ問いかけた。 「ああ、君の新しいペアだ。百目木舟人一飛、偵察員。君たちは新型の水上偵察機『瑞雲』の搭乗員になってもらう」 「……っ」 言い渡された言葉に一瞬驚愕したように口を開いた由良だったがすぐに閉じると、苦虫を噛み潰したような、という言葉がこれほど当てはまることはないだろうという苦々しい表情で一言「了解しました」と言った。 「おい、ちょっと待て!」 厚木少将からペアの宣告を受け、司令室から出るなり、舟人のことなど視界に入っていないかのようにすぐに立ち去ろうとする由良に、舟人は慌てて声をかけた。 頭半分下から睨め付けるように、じろ、と見上げた視線の冷たさに一瞬息が詰まったが負けじと言うべきことを言う。 「ペアだろ。自己紹介のひとつやふたつはしないのか」 「貴様が俺の後ろに乗るんだろ。それだけわかっていればよい」 そう言うと踵を返して去ろうとするので、慌ててその腕を掴んだ。 筋肉はついているが自分よりもほっそりとしたこの腕が、はるか上空で操縦桿を握り敵機を追い詰めているのだとにわかには信じられず無意識にぐっぐ、と腕を握ってしまった。 途端弾かれたように手を振りほどかれ、烈火の如く怒りを湛えた眼差しに射抜かれる。 苛烈な性格そうだから、触るなと殴られるだろうかと思った矢先、由良は一言「あつい」とだけ言った。 「は?」 予想外の反応に舟人が戸惑うと、由良は機嫌を悪くしたように、 「貴様の手が熱いと言った」 そう言い放ちもう振り向かずに足早にどこかへ行ってしまうのであった。
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