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一方、問題児と呼ばれた由良は相変わらず零戦に乗っており、今日もまた一機破損させながら帰還し整備員たちを大いに嘆かせていた。 「……むしゃくしゃする」 夕食後、声をかけようとしてきた舟人から逃げてきた由良は、花吹山を望む東の浜辺に佇んでいた。 何なんだ、あの野郎。 事あるごとにいちいち声をかけてくる。初っ端から親し気に「由良」などと名前で呼んできて不快なこと極まりない。 ギリ……と奥歯が音を立てたのに気づいて、頭を振りため息を吐く。 午後の飛行任務ではラバウルより南に三百海里程進んだ先で、敵の巡洋艦を護衛する十数機のグラマンと対峙した。 募る苛立ちをぶつけるかのように星を上げてきたものの、戦闘中不意に喜色満面に近寄ってくる舟人の笑顔が脳裏をよぎって、操縦桿を握る手がいつも以上に力んだ。 そのせいか旋回するのが一拍速くなり、敵機の横っ面へ当ててやろうとしていた右翼の先はプロペラへと衝突した。 驚愕の面持ちを浮かべた敵の操縦員がなすすべもなく機体ごと海に墜ちて行くのを視界の端に捕らえながらも、プロペラの回転に巻き込まれた由良の零戦は体勢を大きく崩し、右の翼端折り畳み機構は派手に壊れながら海へと落ちて行った。 舟人を思い出した己が思考に怒りを爆発させ、唇が切れる程噛み締めながらも機体を水平に持ち直した由良は、その後また別のグラマンを一機撃墜させて基地へと帰還した。 怒りは戦う原動力にもなるが、必要以上に頭に血が上り思考も鈍る。結果、普段以上に機体の操縦と扱いに粗が出てしまう。 敵機を撃墜できるなら共に墜ちたっていい。だから多少機体に無理をさせても由良は敵を倒すことを優先する。 だが共に墜ちてやってもいいと思える程の腕前の戦闘機乗りが連合軍にいないのも事実で、大抵の場合は無茶が過ぎる由良の操縦に恐れをなしてか近寄ろうとすらしない。味方は当然由良の破天荒な飛行っぷりと、「修羅」の名の通り基地内でも苛烈な性格を知っているから巻き込まれるのはごめんだと由良の邪魔になるような場所には来ない。 そのため由良の戦闘はいつも逃げ行く敵機を執拗に追いかけ回して撃墜させることが多い。機体も己も省みない、ある意味命がけの操縦は当たり前のように急上昇急降下急旋回や背面飛行を繰り広げる。普通の操縦員なら逃げ道をあっという間に塞がれ、由良に撃たれるか無茶な操縦に機体も技術も身体もついていくことが出来ず、失意の中墜ちて行く。 だからこそ空の上で敵機を追い詰め墜とす以外の余計なことなど考えたくないのに。 「……クソッ」 貴様のせいで操縦に支障が出た。と詰ってやりたい気持ちと、戦闘中に舟人のことを思い出したと知られたくない気持ちが相反して由良の心を揺さぶる。 どういうわけか舟人は逃げられようが無視されようが日々果敢に挑み続けてくるが、由良からすればお節介でしかない。 加えて、一つでも多く戦果を上げたいのに偵察が主な用途の水上偵察機の操縦員になるなどまっぴらごめんだった。 だがまだ年若くそして戦績は良いものの態度に難有りな由良には、上層部への発言権など無いに等しく軍の命令に従うより他にない。 ……何が瑞雲だ。 月明かりを隠すようにふらりと流れてきた雲を睨みつけて、由良は宿舎へと踵を返した。
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