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一斉の零戦試験飛行の日が来た。 雲量一、風もなく試験飛行には持ってこいの晴れやかな日だった。 七於と班員たちは入念に一斉の乗る機体を整備した。飛行服に着替え飛行帽を被り、カポックの上からハーネスをつけた一斉が滑走路に現れる。落ち着いた様子で整備員たちに声をかけ、零戦の中に乗り込む。七於も足掛けに乗り、一斉と共に機体の最終確認を行う。 「エンジンは十分温まっているが、急な加速はするな。あと実戦機だから機銃はついているが弾は入っていないから撃てないぞ」 「ああ、ありがとうな」 一斉はまっすぐ前を見つめ、七於に礼を言う。 「それじゃあ、気をつけて」 七於が零戦を降り声をかけると、小さく左手が上がった。 よし、行ってこい。俺たちが整備した零戦だ。間違いなく最高の動きをする機体に仕上げた。だから、一斉。お前の飛びたいように飛んでこい。 零戦はゆっくりと滑走路を進み、徐々に速度をあげ機首を青い空に向ける。視力が落ちたことなど感じさせないぐらい完璧な離陸だった。整備員たちは帽子を手に取り、零戦に向けてめいっぱい振っていた。 一斉の乗った機体のあとに監督機が飛び立つ。二機は仲の良い鳥のように軽々と基地の上を飛び回りやがて青い空の向こうに見えなくなった。 それから一時間後、真白い雲を背負った二機の零戦が基地を目指して飛んできた。整備員たちの間に安堵と驚きの混ざったどよめきが起こる。 皆一斉を信じてはいるが、やはり一抹の不安はあったのだ。七於もまた小さく息を吐き、まだまだこれからだ、と気を引き締める。そうだ、これからが気をつけなければならないのだ。離陸の時と違い、着陸は地面へと向かわなくてはならない。 視力の落ちた一斉が、揺れる機体の中から地上との距離を測り、脚を出し着陸するというのはとても危険なことだ。 お前なら大丈夫、できる、大丈夫だ。と半ば自分に言い聞かせるようにして滑走路へ目指してくる零戦を見つめた。 速度を落として脚を出した機体は着陸地点にそっと降りたった。 途端整備員たちがワッと声を上げ、慣性で動き続ける零戦の元に駆けて行く。監督機は無事着陸したのを見届けると、喜ぶように空で一回転をし、自分の着陸地点へと向かった。 完璧な飛行だった。今まで見た一斉の飛行の中で一番の出来だと思った。七於は先を行く整備員たちの後を追い、ゆっくりと零戦に近づいた。風防を上げ顔を覗かせた一斉が地上で見つめる七於へ満面の笑みを浮かべる。そして地上へ降り立つとビシっと敬礼をし、 「犬鳴一飛、ただ今試験飛行より帰還いたしました!」 と七於たち整備員へ挨拶をした。 拍手が起こり整備員たちが口々に「おかえりなさい!」と一斉へ敬礼を返した。 七於もまた、ゆっくりと一斉の前に歩み寄り、敬礼をした。笑顔が溢れる。 約束を守ってくれた。これまでも、この先も、きっと一斉は誓いを守って、自分の元に帰ってくるのだと、七於はゆっくりと一斉に手を差し伸べた。その手を固く一斉は握る。 「ありがとう、七於。お前たちのおかげで最高の飛行ができた」 「ああ。機体は任せろ。お前の耳を俺たちは信じている」 こくり、と嬉しそうに首を振り、一斉はもう一度整備員たちに会釈をして「司令部へ報告に行ってくる!」と駆け出した。 この次に控えた戦闘演習が無事終われば一斉はまた零戦搭乗員として空に行けるのだ。心配し出したらキリがないが、自分はもう一斉を信じているのだ。と、誇らしい気持ちで後ろ姿を見つめる。 頑張ろう、一斉。俺たちもお前と共に頑張るから。
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