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15
「ぐっ……。おれ、はッ!貴様のことがッ、大ッ嫌いだ!し、ね!」
赤坂と並び急降下爆撃に勤しむ一斉は、横から聞こえる途切れ途切れの暴言に同じように息を切らしながら答えた。
「っるさい!熨斗、つけてッ、返してやらぁ!」
ジリジリと照りつける南国の太陽に焼かれ、地面に汗を吸わせながら二人の搭乗員は隣の奴に負けるかと歯を食いしばりながらいつまで続くかわからない腕立て伏せを続ける。
「貴様らァ!話をする余裕があるならもっと精入れてやらんか!」
腕を組み仁王立ちした上官が怒鳴った。
「そもそも貴様ら、志を同じくする誇り高き皇軍だというのに何という体たらくだ!貴様らの敵は我が軍にあるのではない!連合軍だ、米兵だ!」
それは確かにその通りなのだが、仲間なのに馬鹿にして軽んじる態度を取る赤坂はやはり許せなかった。だからこそ、真っ向からお前は間違っているとぶつかりたかった。
「「はい!!」」
と声を揃え返事をした一斉と赤坂は互いにギッと睨み合う。
真似すんな!と目線で吠える赤坂に、同じく真似するな、という気持ちを込めて視線を返す。
……俺だって別にこいつを嫌いになりたいわけではない、けれど事あるごとに突っかかってくるのだ。無視をするのにも限度ってもんがある。
と、互いに引き返せなくなっているのだと気付かず、一斉は腕の震えを押し殺す。
ザリ、と砂を擦る音が聞こえ誰かがこちらに歩いてくるのに気づいたが、今体勢を崩したら絶対に倒れ込む。赤坂の手前、それだけは避けたかった。
「茂原飛曹長!厚木少将がお呼びです。お急ぎのご様子でした」
これは、舟人の声だ。
「む、百目木、ご苦労だ。……貴様ら!今日はもう終いにしてやる。だが次喧嘩をしているのを見たり聞いたりしたら容赦しないからな!肝に命じておけ!」
「「はい!!」」
とまた不本意に声を揃えながら一斉と赤坂は返事をする。
「すまんが百目木。あとは頼む」
「は!お任せください!」
上官は歩き去ったが、一斉と赤坂はまだ腕を突っ張り身体を起こそうとしなかった。
「おい、もうおしまいでいいぞ」
舟人が声をかけるがどちらも譲らない。はあ、と呆れたようなため息が聞こえたと思った次の瞬間、
「んぐっ……」
「ぎっ!?」
一斉と赤坂は同時に地面に倒れこんだ。パンパンに張った両腕がジンジンと痛みを伝える。舟人が二人の間に立ち、同時に二人の背中を押したのだった。
「ほら、これで引き分けだ。というか、競い方を間違えるなよ。競うなら切磋琢磨し合えるやり方でやれ。貴重な兵力を自分たちで擦り減らすな」
地面に突っ伏して荒く息をする二人に訥々と舟人は諭す。
「は、すみま、せん……百目木、一飛曹」
一斉が謝ると、赤坂は息を切らしながらもフン、と鼻を鳴らした。
「てめえのそういうッ、いい子ちゃんなところ!虫酸が、走るぜ」
「赤坂ー?」
舟人の声色が半音下がった。気配を察し、赤坂が黙る。
「犬鳴、お前の服は野竹整備長が預かっているぞ。……操縦時に気付いたこともあるだろう。呼んでおいたから忘れぬうちに伝えておけ」
「はい、ありがとう、ございます」
地面に倒れたまま、顔だけ舟人の方へと向ける。
「よし、赤坂。お前のは俺が預かってるから、とりあえず戻るぞ。……ほら!」
突っ伏したままの赤坂を起こし、肩を支え立ち上がる。
「チッ、一人で十分、です……」
「馬鹿言え。立ち上がるのも精一杯じゃないか。同じ隊の仲間のとこまで付き合ってやるから、行くぞ!」
一斉にじゃあな。と声をかけた舟人は、嫌がりながらも抵抗できない赤坂を引きずり連れて行った。
横目でその姿を見送った後、一斉は痛む腕に力を入れ仰向けになった。
どこまでも高く広く空が広がる。雨が降るのだろうか、湿度を増した生温い風が汗に濡れた頬に張り付いた。
あー、俺何してんだか。
赤坂なんかに売られた喧嘩を買って、ただでさえ格闘戦をした後で身体には負担がかかっているというのに……。
でも久々に思いっきりこういう馬鹿なことをしたな、とも思った。目を怪我してから周りも自分も、言外にどこかで気を遣っていた。それを形や理由はどうであれ正面からぶつかってきたのが赤坂だ。視力が悪いと遠慮せず殺しにきた。でもあの場で赤坂がそうしたからこそ自分もまた本気で空を駆けたのだ。自分が生きるために。障害を抱え、それでも戦うということの決意は赤坂がきっかけとなり固まったのだ。
自分でも、七於でも、司令部でもなく、あの赤坂が。
疲労と思考の波に揺られ一斉は重たく下がる瞼を止められなかった。頬にポツリと冷たい雫が落ちる。あ、気持ちいいなと思った矢先、身体が浮き上がる感覚がした。
近づく音が誰のものか、他人事のように遠い場所で聞こえていた。大好きな人の音だ。
「……一斉」
声を潜めて呼びかける低い声。男らしくて憧れる、俺だけにくれる優しい音。
大丈夫だよ。と伝えるために胸元に僅かに頭を寄せた。すまん、汗と泥まみれで。と起きたら謝ろう。そう思ったのを最後に意識はすっと柔らかな闇の中に溶けた。
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