23

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ

23

奇襲を受け、愛機に乗り込み空へと飛び出した一斉は、聞こえてくる敵機の多さに包帯で隠した目元を顰めた。 単純に計算しても海軍機一機につき、連合軍のグラマンは三機だ。まだ何とか零戦の方が速いが敵は数が日に日に増している。 一斉の後ろに付けようとするグラマンを細かく旋回して引き離す。同時に射程距離の中に入った敵機へ向けて、一斉は機体を捻りながら機銃を放った。斜め下から斬り込まれるように掃射を受けたグラマンは大きく体勢を崩した。そこを狙い燃料タンクを撃ち抜くと、ボン!と破裂音がし、敵機は炎を上げてどんどんと高度を下げていった。撃墜一機。待ってる暇はない。 機首を持ち上げて宙返りをするように大きく旋回し、辺りの状況を確認して操縦桿をぐっ、と強く握る。 タタタタン!と下から撃ち上げてきたグラマンの攻撃を軽々と交わして真上に躍り出る。 「喰らえっ!」 風防を撃ち抜く位置で容赦なく機銃を撃ち込むと、敵の搭乗員の身体へ次々と弾が当たり肉が砕ける音が爆音の空の中で確かに聞こえた。液体が飛び散り機内に当たる音から再起不能であることを確信し、一斉は操縦桿を横へ傾け次の獲物へ向かう。たくさんの音の端で、後ろ髪を引くような墜落音を響かせ操縦者を失ったグラマンが真っ直ぐに海へと落ちていくのが聞こえた。撃墜二機。まだまだ、敵は多い。 そんな中、遠くで零戦のエンジンが爆発する不穏な音を捉えて一斉は機首の向きを変えた。あれでは多分助からない。せめて海に不時着し搭乗員だけでも助かれば、と思い追撃をしようと付け狙っているグラマンの尻へ機銃を放つ。機体に当たった弾がバタバタバタ!と激しい音を奏でる。予期せぬ攻撃を受けた敵機はぐらりと機体を傾けた。 「お前の相手は俺だ!」 そう叫びながら腹に抱えた爆弾に狙いを定めて一斉は機銃を撃ち込んだ。タタタタ、という音のあとにドォン!と鈍い音がして敵機は海へ落ちていった。撃墜三機。まだこんなんじゃ足りない。 俺たちが止められなかった敵機は基地へと爆弾の雨を降らせるだろう。そこには戦闘機と対峙する術を持たない仲間たちがいる。七於がいる。 彼らの命も今、この大空で飛び回るラバウルの荒鷲たちの機体に乗せられているのだ。だから決して、負けるわけにはいかない。 その後も味方機を助けたり、助けられたりしながらグラマンを撃墜したが数機のグラマンが零戦や紫電、雷電の間をすり抜け基地へと機銃を放ち爆弾を落とす音が聞こえた。 「七於……ッ!」 焦燥を感じるが、空では常に冷静でいなければならない。自分を付け回すグラマンの機銃を軽々と避けながら、敵は基地から自分たちを引き離そうとしていることに気付く。耳をすますと、多くの海軍機が基地から離れつつあるようだ。 一斉は自分を追う機体と正面から対峙するようにぐるん、と機体を翻すとそのままプロペラを砕くように機銃を撃ちこんだ。 焦ったように敵兵が叫ぶのを聞きながらそのまま敵機とすれ違うようにして基地へ向かって飛んだ。途中で数機の味方機へ基地へ向かうように手信号を送る。一斉には味方の搭乗員の様子は見えないけれど、エンジンの音からすぐに彼らが基地へ向かうのがわかった。 一斉が零戦に復帰した当初はやはり良い顔をする搭乗員は多くなかったし、陰口を叩かれたりもした。しかし彼らは一斉が撃墜数を重ねていく様子に次第に態度を変えていった。これまでの邀撃からも連携することは不可能でないことは部隊の仲間たちも、そして一斉自身も分かっていた。 仲間と共に戦場を駆け抜ける心強さに一斉は口元を緩めた。 まだやれる。俺たちは戦える。 基地を狙うグラマンに向け遠くから威嚇射撃を行う。 お前たちの相手は俺だ、という気持ちを込めて一斉は高度をグン、と下げてグラマンの背後に付けた。焦ったように空へ逃げて行くグラマンへ敢えて当たらぬようにパラパラと機銃を撃ち込む。基地の上で敵機を墜とすわけにはいかない。上下左右に機体を振りながら何とか一斉を撒こうとする敵機の後ろへぴたりと張り付き、基地から離れた場所で一気にその尾翼を撃ち抜いた。バランスを崩し敵機が海へ落ちていく音を聞きながら一斉は素早く機体を翻した。空に響きわたるいくつものブゥンという蜂のように低く唸るエンジン音の中をスイスイとすり抜け、基地の近くにいる敵機を同じように追いかけ回す。 数分後、連合軍の機体が次々に南の方へと機首を翻し始めた。一機でも多くここで仕留めたい。数機の零戦や紫電が後を追いかける音がして一斉も操縦桿を倒して南へ進路をとった。 燃料の残りもまだ余裕がある。弾もまだ残っているし、ある程度追いかけても問題ないはずだ。仲間の機体と共に速度を上げ、一斉は逃げ行くグラマンを追いかけ続ける。 すると、敵機のエンジン音に紛れて新しいエンジン音が微かに耳に飛び込んできた。遠雷のように響くそれは間違いなく連合軍の機体の音だ。 数機なんて数じゃない。その音から恐らく二十を超えている。 増援か待ち伏せだ……と一斉はほぞを噛んだ。こちらは十機もない。皆邀撃に急遽搭乗し、格闘戦を繰り広げたあとの状態で燃料も弾も充足していない。迂闊にこのまま付いて行くと間違いなく蜂の巣にされる。 一斉はエンジンを最大出力にし、素早く自らの機体を編隊の最前に踊り出させた。目元の包帯を首元へ引き下げ風防を開け、手信号を出しながら大声で叫ぶ。 「待ち伏せがあるッ!深追いするなッ!!」 急に目の前の進路に飛び出した一斉に、他の機体たちは慌てたように各々旋回した。 一機の零戦が近づいて来る。ぼんやりと霞んだ視界の中で、風防を開けたのは赤坂だった。 「おいッ!犬野郎!急にふざけんじゃねえ!!」 耳に飛び込んできた怒鳴り声に一斉も大声で怒鳴り返した。 「待ち伏せだ!二十以上いる!引き返すべきだッ!」 必死に手信号と共に赤坂へ伝えると、チッと舌打ちがエンジンの爆音に紛れ聞こえた。赤坂は乱暴に風防を閉めると進行方向をラバウルへと戻した。やり取りを見ていた他の搭乗員たちも機首の向きを基地に変え、速度を上げ飛んで行く。 「犬鳴ーッ!良く聞いたーッ!」すれ違いざまに紫電に乗った知らない搭乗員が風防を開けてこちらへ叫んだ。 一斉を含めて計八機。ラバウルからおよそ二百五十海里離れた南洋の空で、彼らはまさしく九死に一生を得たのだった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!