第26話 そして私は――

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第26話 そして私は――

「リセ!」  応接室を出て廊下を歩いていると、廊下の向こうから私を呼ぶ声と、ぱたぱたと走ってくる音がした。  天井のライトが反射して輝く角。短く整えられた髪の毛に浅黒い肌。青く輝く瞳。間違いない。見紛うはずもない。 「パーシヴァル様!?」 「よかった、アヤメの間からいつの間にか姿を消していたから、どこに行ったのかと探していたんだ」  パーシヴァルさんだ。私の前で足を止めて、呼吸を整える。どうやら私を探していたらしい。  そういえば彼もさっきのパーティーに出席していた。私の姿も見ていただろうから、いつの間に姿を消して焦ったことだろう。申し訳無さを覚えながら、頬をかきつつ私は答えた。 「ええ、その、ちょうど今しがたまで王様と王子様とお話を……」 「えっ……」  その言葉に、彼は絶句した。まさしく絶句した。  言葉を失った様子の彼を上目遣いで見上げていると、パーシヴァルさんが額をとんとんと叩き始めた。しばらくそのまま考え込んで、ようやく情報の整理が出来たらしい。息を吐きながら私を見下ろした。 「ん、なるほど、なるほど。君は直接切り込んだわけか。全く、すごいな」 「いえ、現行犯でやらかされたのを見ていましたので」  彼の言葉に、肩をすくめて笑う私だ。正直あの現場で、一番近くに居たわけだし。すぐに対処できて事を大きくせずに済んだのはラッキーだった。  私の様子を見てパーシヴァルさんもようやく表情をほころばせた。そうして私の肩に手を置きながら言う。 「そうか……それで、どうだった」 「……ふっふっふ、ドンピシャでしたよ」  その端的な言葉に、指を一本立てながら私はニヤリと笑った。パーシヴァルさんが今回の話をお膳立てしてくれたのだ。結果を報告しなくては申し訳ない。 「王宮のメイドさんから、覚醒者の方の書かれたそういう趣味の本を教えてもらい、それからおハマりになられたんだそうです。そのメイドさんに何かしら罰を与え、今後はそういう行動を取らないこと、と確約させました」 「そうか……そうか」  私が話した内容に、パーシヴァルさんは深く息を吐いた。二度、そうかと繰り返して零した彼の表情が、くしゃりと笑みの形を作る。 「すごいな。君はとうとう、王家とも繋がりを作ってしまったわけか」 「いやー……ははは。私もまさか、王様から同伴の依頼をいただくとは思わなくて」  そのお褒めの言葉に苦笑する私だ。私自身、さっきの王様からの申し出は信じられない。今でも空耳か聞き間違いだったんじゃないか、と思ってしまうくらいだ。  私は今や、ラム王国の様々な貴族だけではない、王家の人々からも請われる人材になった。そういう人達に、共に酒を飲み交わすことを求められる人材になったのだ。  私の吐き出した言葉に、パーシヴァルさんがゆるく頭を振る。そしてその瞳孔が縦に長い瞳で、まっすぐに私を見た。 「いや、君はそれだけのことを出来る人だ。それだけの力を持つ人だ。心の強さ、意志の強さ、酒の知識、自分の言葉で語れるところ。それだけ出来る人は、きっとこの国にも何人も居ないだろう」  その言葉を聞いて、胸から熱いものがこみ上げてきそうになる私だ。ありがたい、ここまでちゃんと、はっきりと褒められることなんて、地球ではそうそう無かったことだ。  と、パーシヴァルさんが立ち上がりながら指先であごを触る。困ったように眉を下げながら、彼は数度あごに触れつつ言った。 「惜しいなぁ、君だったら酒場の一女中に収まっているより、近衛庁や法務庁でいい仕事が出来ると思うんだけど」 「いや、さすがにそこまでは」  彼の発言に慌てて私は両手を振る。私が国の機関に属して仕事をするなんて、そんなそんな。想像できないし、正直そこまで魅力に感じない。  だって、私は。私は今の仕事が、今の職場が、職場で一緒に働く皆が好きなのだ。それを素直に、私の言葉にする。 「私は今の、女中の仕事が好きですし。そりゃ確かに、裏の部屋での仕事もしないとならないですし、今のところそういうテクニックは私にはないですけれど……それでも、いろんな方と分け隔てなくお話できる、今の仕事が楽しいです」 「……そうか」  私の想いを聞いて、パーシヴァルさんが目を細めて笑った。  彼も、私を求めてくれる客の一人だ。ありがたいことにいろいろと気にかけてくださっている。そしてそれは、今後もきっと変わらないのだろう。 「分かった。私もお酒を飲んでいる時のリセを見るのが好きだ。あんまり変に高い地位に収めて、動きにくくしてしまうのも良くないだろう」 「分かってらっしゃる」  私の肩に手を置きながらパーシヴァルさんが話す。まさしくそうだ。今のぐらいの立場の方が動きやすくていい。  笑みを返してうなずく私の手を、パーシヴァルさんの手が掴んだ。そのまま彼は、王宮の外に向かって走り出す。 「さあ、外に出よう。タニア達はもう『紅眼の鷲亭』に行ってしまったよ」 「あっ、いけない! 打ち上げがあるんだった、急がなきゃ!」  そうだった、そうだった。皆はもう仕事を終えて、パーティーに興じているはずだ。私がそこに行かないわけにはいかない。  パーシヴァルさんに手を引かれて、私は走っていく。熱を持つ頬を、柔らかな風がかすめていく。  そうして私は、明日へと……また明日から始まる、お貴族様や大商人様、はては王様王子様との、酒を交えて楽しむ日々へと、全力で駆けていくのだった。   ~おしまい~ Copyright(C)2021-八百十三
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