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アサドは大急ぎでラクダに水を飲ませる。
「おい、アサド。まさか砂漠を渡るんじゃないよな」
ちょうど水をくみに外に出てきた同業者に話しかけられた。
「そのまさかだよ」
「やめとけよ。お前なら大丈夫かもしれないが、あの子は無理だろ。死ぬぞ」
「なんとかするよ」
「そんなにお金が欲しいのか?」
お金のためではない。だが、美しい女性が気になるからとは、とても言えなかった。
アサドは天涯孤独で、両親の顔も知らない。一人で仕事をしているが、決して生活に余裕はなかった。
通常ならこの仕事で二倍はもらいたいところだが、彼女はお金をあまり持ってないようで、たいしてもらえなかった。
「まさか女に惚れたか?」
「はあ!? そんなんじゃねえし! 困ってるから助けてやるだけだよ!!」
同業者はなんだかんだで用意を手伝ってくれた。砂漠の民は助け合いで生きているのだ。
アサドは一週間分の水や食べ物、調理具や寝具などを準備し、女性の待つ家に戻る。
「一応、用意できたけど……」
「じゃあ、すぐに出るわ」
「日が落ちてからのほうがいいぞ」
「一分も無駄にできないのよ」
美人だが勝ち気すぎるのは玉に瑕だなと思う。
だが切羽詰まった事情ということはよく伝わってきたので、荷物をラクダに積んでいく。
「で、どれに乗ればいいの?」
旅につれていくラクダは三頭いた。
「歩きだけど? ラクダは運搬用」
「えええっー!?」
「もう一頭出すなら、もっと出してもらわなくちゃ……」
お金は前払いとして食料調達のため受け取っていたが、かなり買いたたかれたので、最小限のコースとなったのだ。
「歩くからいい……」
ものすごく不満げな顔だったが、それも可愛く見えるのが不思議だった。
「かぶるものは? 帽子とか」
砂漠は日差しが強いため、直射日光が当たるのはまずい。アサドはターバンを巻いている。
女性は黒いローブ状のゆったりしたワンピースを着ていた。すそは長く、手足を覆い隠していたので、日焼け対策は問題なさそうだった。むしろ、そでは長すぎて、手が出ていない。
「やっぱいるよね……」
女性は大きなカバンから、丸められた帽子を取り出す。ローブと同じく黒い。
広げてかぶるが、しわくちゃだ。中央はとんがっているが、折れていた。
けれど幅広なので日差し避けにはちょうどいい。
「それじゃあ行こうか。僕はアサド。よろしく」
右手を差し出す。
しかし女性はその手を取らなかった。
「テルマ。なるべく早いルートでお願い」
アサドは頼りないと思われたのかと、少しショックだった。
この辺りでは、困ったことがあれば互いに手を差し伸べるという意味で握手をする。だが、握手をしない文化があるのも知っている。
なのであまり気にすることではないが、これから一週間、共に旅をするのだ。仲良くやっていけるのか不安にもなろう。
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