少年と魔女

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少年と魔女

 アサドが夕飯の準備をしていると、テルマがテントから出てきた。  テルマを休ませるために、ラクダから荷を降ろしてテントを組み立てていたのだ。  テルマは数時間眠り、日はだいぶ傾いていた。 「もう大丈夫なのか?」 「たぶん……」  顔色はよくなっていたが、まだだるそうだった。 「あ、あの……」 「うん?」 「ごめん。迷惑かけたよね……」  テルマはだいぶしおらしくなっていた。  強気だった女性の急変に驚いてしまうが、迷惑をかけたことを、申し訳なく思っているのだろう。 「別にいいよ。でも、砂漠の恐ろしさは分かっただろ?」 「うん……」 「引き返すなら今だけど、どうする?」 「それはできない……」  やはりテルマには、どうしても真夏に砂漠を越えなければいけないほどの理由があるようだ。 「じゃあ、ご飯にしよう。これが終わったら出るよ」 「出るって? 日が暮れるけど?」 「普通は涼しい日暮れと夜明けに移動するんだよ。日中は絶対に出歩かない」 「そうなんだ。言ってくれればいいのに」  言ったんだけどなと、アサドは心の中でつぶやいた。  夕飯は、イチジクのパイと羊肉を焼いたシシカバブ。 「へえ、けっこうおいしいじゃない」 「それはどうも」  たいした褒め言葉ではないが、打ち解けてくれたようで、アサドはそれだけでも嬉しかった。  後片付けをし、ラクダを引いて再び歩き出した。  日は沈みかけている。日中に比べてだいぶ気温が下がっていた。  砂は熱を保持することができず、あっという間に冷たくなってしまうのだ。  二人は黙々と歩いたが、アサドは黙っていられなくなる。 「聞いてもいいかな。どうして旅をしてるの?」 「……答えられない」 「じゃあ……。その腕、どうしたの?」 「見たの?」 「ごめん……」  テルマが立ち止まり、きっとにらみつけてくるので、アサドは反射的に謝る。  しかし予想した反応とはまるで違った。 「はあ……。倒れたんだから、しょうがないよね……」 「見るつもりはなかったんだよ」 「分かってるって。命の恩人に文句なんて言わない」  テルマに常識を語られると違和感を覚えてしまう。 「これは寝込みを襲われたんだよ」 「寝込みを!?」 「悪いね、少年。別にエッチな話じゃないよ」 「そういうつもりじゃ……」  実際、エッチな話を想像したわけではなかったが、そう言われると昼間見たテルマの裸を思い出してしまう。アサドの知らない大人の女の体だった。  気を失っているときに服を脱がし、それからまた着せたのだから、「寝込み」という単語は、あまり聞きたくない。 「なに顔赤くしてるんだよ」  アサドの気を知らずに、テルマが小突いてくる。 「まあ、寝てたら突然手を切られて、激痛で目覚めたんだ。犯人はその手を持ってすぐに逃亡。あたしの体は手以外無事さ」 「え……」  恐ろしい事件をさらっと語られるので、アサドはどう反応していいのか分からなかった。
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