11人が本棚に入れています
本棚に追加
少年と来訪者
この時期は仕事がない。
というよりも、仕事ができない。
真夏の砂漠は人間が行動できる環境ではなく、こんな時期に足を踏み入れたらあっという間に死んでしまう。
この地域に住む者は、砂漠を渡る仕事をしている。商人の依頼を受けて、砂漠の向こう側の集落まで商品を運ぶ運送業だ。
砂漠を通らなければ、大きく遠回りすることになる。思い切って海に出て、帆船で渡る方法もあるが、風次第なのでいつ到着するか分からない。
そのため急ぐ商人は真夏にも依頼してくる。けれど、あまりにも過酷で生死にも関わるため、受ける者はほとんどいなかった。
働きたくても働けないのだから、涼しくなるまではゆっくり過ごすしかない、と割り切っていた。
「砂漠を渡りたいんだけど」
少年アサドが家でごろごろしていると、突然若い女性が入ってきた。
家は風通しをよくするために戸がなく、布をかけてあるだけ。そのため、女性はノックなしに入るしかなかった。
「え? この時期に?」
アサドは正気を疑った。
主に商品を運ぶのが仕事だが、旅人を向こう側に渡す案内人の役割も果たす。
しかし、アサドは物心ついてからこれを生業としていたが、真夏の仕事は受けたことがない。
女性がそんなことを言い出す理由は、すぐに分かった。
砂漠の厳しさを知らないのだ。
女性は真っ白の肌をしていた。髪も色素が薄くブロンド。おそらく北からやってきたのだろう。
けれど服は真っ黒だった。それが白さは引き立たせていて、特別美しく作られた人形のように均整が取れていた。
「この時期、砂漠を渡る奴はいないよ。もうちょっと待ったほうがいい」
「それは何度も聞いた。行けるの? 行けないの?」
彼女の声にはいらだちがあった。
どうやらいくつかの家を回り、すでに断られているらしい。
「いやあ……」
リスクを考えると、正直行きたくなかった。
「あっそ」
女性は一瞬にして興味を失い、きびすを返す。
「ま、待って!」
「なに? 行けるの?」
「誰も受けてくれなかったらどうするんだ?」
「一人で行くわ」
「自殺行為だ……」
真夏の移動は不可能ではないが、プロでもつらい旅になる。それを肌が真っ白な旅慣れぬ女性一人がやり遂げられるとは思わなかった。
「じゃあ、水先案内してよ」
アサドは悩んだ。
こんなに綺麗な人を見たことがなかったし、彼女がどうして砂漠を渡りたいのか興味が湧いたのである。
年はアサドより5、6歳ぐらい上だろう。ゆったりとしたローブを着ているが、胸は目立つほどに大きかった。
「……分かった。用意してくるから、しばらくここで待ってて」
そこではじめて、女性はにっこりと笑顔を見せた。
アサドは胸を撃ち抜かれた気がした。
これまでの苛立った怖い顔つきから一転、天使が微笑みかけたように感じたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!