弁当屋

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それは翌日の3時間目と4時間目の間の休み時間だった。 「──明日香」 男らしい低い声。そんな声が教室の奥にいた私の方へと届いた。一瞬静かになった教室は「薫、今来たのかよ?」と同じクラスの男の一声で騒がしくなった、 ───橋本薫? ───こっちに来るなんて珍しくない?と。 薫は話しかけてきた同じクラスの、どう見てもガラの悪い不良らしい男に「今来た」と言いながら、こっちに近づいてくる。 それはどう見ても私の方へ来ていて。 なに? まあ、さっき私の名前呼んだから、薫が私に用事があるらしい···けれど。 学校内で薫と話すのは、初めてのことだった。 今学校に来たらしい薫は、私の前の座席に横向きに座りこちらの方に振り返っていて。まだ眠いのか分からないけれど、いつもより雰囲気が違うような気がして。 「なんかあった?」 と、薫は意味の分からない事を言ってくる。 なんかあった? それは薫の方では? わざわざ教室まで来て···。 首をかしげる私に、薫も不思議そうな顔をする。 「あったんじゃねぇの?」 「え?」 「うん?」 「私が?」 「そうだろ」 「···薫に?」 「じゃねぇの?」 ますます意味が分からなくなった。 薫が教室まで来た理由は、私が薫に用事があったかららしい。用事なんてそんな事、私の頭の中には一切なくて。そもそも私が薫に「用事ある」とでも言った?言ってないはず。 最後に薫に会ったのは、バス停のはずで。 「ばーちゃんが昨日、俺に会いに来てたって言ってたんだけど」 「え?」 「だから用事あったんじゃ···」 「私、そんな事言ってないと思うけど···」 言ってないよね? 思い出す限りでは、私から「バイトですか?」と聞いたぐらいで。 え?もしかして、満子さんからすれば「用事あるんだけど、薫はバイト?」っていう認識をしていた? 薫も何となく分かってきたのか、「ばーちゃんの勘違いか」と呆れたように笑った。 「···あの、ごめん」 薫の笑った顔初めて見たと思いながら、薫に向かって謝罪する。そうすれば、薫の瞳がスっとこちらにむけられて不思議そうに「何が?」と言ってくる。 「私変なこと言ったのかも、ごめんね、わざわざ来てくれたのに」 「先に勘違いしたのはこっちだから。謝る必要ねぇし」 「···や、でも」 「つーか、飯ってどうしてんの?」 飯? いきなり何の話? 「お昼ご飯のこと?」 「うん」 どうしてんの?って、なにがだろう。 誰と食べてるかってこと? パン?弁当? それとも食べている場所? 「ここで食ってんの?」 「そうだけど」 「誰かと?」 「ううん、1人」 「じゃあ一緒に食わねぇ?」 「え?」 「ばーちゃんから明日香にって弁当預かってる」 「え?なに、お弁当?」 「いつもパンなんだろ?」 どうしてそれを薫が···。 ああ、おばあちゃんから満子さん。満子さんから薫に。 いや、それよりも。 「昼休み迎えに来る」 どうしてお弁当を? 戸惑う私をよそに、薫はその言葉を残して立ち上がり、教室から出ていった。出る途中でも何人かの男に話しかけられていた薫。 ────··やっぱりあの子、橋本と仲いいんだ どこからかそんな声が聞こえた。 私がいつもお昼に食べているのはパンだと満子さんに伝わったのは、おばあちゃん経由で分かっている。だけど何故満子さんが私にお弁当を作ってくれたのか。 昼休みになれば本当に薫は先程のように姿を現した。教室ではなく違う場所で食べようと言う薫の後に、何となくついていく。 まだ満子さんが作ってくれた理由は分からないけど、もし本当に私のために作ってくれたのなら食べないわけにはいかないから。 「その子、薫の女?」 廊下で歩いている最中、名前も知らない見たこともない人に何度か話しかけられた。購買やお茶を買いに行く時ぐらいしか教室から出ないし、他のクラスの人達を知らないのは当然のことで。 「そんなんじゃねぇよ」 静かに笑って返事をする薫は、どうやら友達が多いらしい。 連れてこられたのは人気のない階段だった。私の教室から離れている場所。どうやらここは旧校舎になるらしい。 「はい」 階段の途中に座り、薫は鞄の中から取り出した風呂敷を私に渡してくる。小さい箱が入っている感覚がする風呂敷包み。 「どうして私に?」 「さあ?」 薫はまた鞄の中から、大きめの風呂敷包みを出した。予想通りそこから男特有の大きなお弁当を取り出す。 「これ、箸」 「···ありがとう」 渡された割り箸。 「っていうか、さあって?」 もうとっくにお弁当の蓋を開けている薫に問いかける。薫が分からない満子さんの気持ちを、私が分かるはずもなく。 「いい子って言ってたから、明日香のこと気に入ったんじゃねぇ?」 気に入った?私を? 数回しか会話をしてないのに? 会ったのも2回だけで。 「そうなの?」 「だからさあ?って言ってるだろ」 それってつまり、気に入ったかは分からないってことでは? でも嫌いな人にはお弁当なんて作らないだろうし。 「食べていいの?」 「そりゃそうだろ」 「···ありがとう」 お弁当なんていつぶりだろうか。 おばあちゃんが「作ろうか?」って言ってくれた事はあるけれど、おばあちゃんの仕事を増やすワケにはいかないし「大丈夫だよ」って言ったから。 まさか昼休みに薫と一緒に弁当を食べるとは思わなかった。お弁当の蓋を開けると、そこには薫が好きな唐揚げがメインで入っていた。 「薫はいつもここで?」 「なにが?」 私はまだ3口ほどだと言うのに、もう半分ほど弁当の中身がない薫に驚く。 「食べてるの」 「いや、いつも教室」 「誰かと?」 「そうだな」 それって···。 「良かったの?食べる約束してたんじゃ···」 いつも誰かとお昼を食べているらしい。 今日は良かったの? 「いいんだよ」 静かに笑う薫。 「バイトおせぇから、帰り送るわ」 「え?」 「家帰るついでに」 「大丈夫だよ、バスあるし。悪いよ」 「気にすんな」 気にすんなって言われても。 「それ食ったら自販行こうぜ、喉乾いた」 もうすっかり完食している薫は、鞄の中に風呂敷で包まれた弁当を鞄の中にしまい込んだ。
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