胡桃色の記憶【side:ラーフェルト】本編3話読了後

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胡桃色の記憶【side:ラーフェルト】本編3話読了後

【ラーフェルト】33歳、覇王戦争の2年前 北自治群、自衛兵団団長。 浅黒い肌、たてがみのような黒い髪でよく獣のようだと称される。 おそれられている一方で、自衛兵団を束ね、指揮して北自治群を守っている実力者であり信頼も厚い。覇王戦争時も彼の采配で北自治群の被害は最小限に収められた。 門の前で幼い兄妹を保護した、と、門衛が報告してきた。 「…それがどうした。迷子なら聞き出して送り届けてやれ。家出なら役人のところに渡せばいいだろう」 そんなこともできないかと思ったのは部下を見くびり過ぎていた。門衛は困ったようで、更には怯んだ表情で、口を開く。 「それが……」 門まで早足で、歩みを進める。報告に来た門衛は、小走りで後ろをついてくる。 人だかりができていないのは、思いやりある門衛の配慮なのだろう。あとで褒美をやるべきだな、などと思う。 気配を察したもうひとりの門衛が、困った顔でこちらをふり向いた。 その傍に、その兄妹がいた。 揃いの銀の髪に、際立って白い肌、た胡桃色の瞳がたしかに兄妹だと教えている。 幼い妹は眠たそうに眼を擦っている。齢は2,3歳といったところだろう。衣服は少し汚れているが、擦り傷ひとつないように見えた。その小さな手を、しっかりと握り締める兄の手。 その兄は、絵の具を被ったように濡れていた。その色は、緋だ。柔らかな銀の髪にも、白い頬にもこびりついたその色。さらに鮮やかなそれが、妹の手を握っていないほうの指先から、滴り落ちている。 その状況で、すっかり大人びた瞳は冷え切っている。姿はどうみても5,6歳の幼い少年で、ただその瞳だけが、それを超越している。それがこちらを真っ直ぐと、見た。 「団長……」 困り果てた様子の門衛が、縋るように見上げてくる。 「なにを訊いても、答えないんです……でも、この様子じゃ、訳ありかと……」 門衛は小声で、少年を気にしながら云った。頷き、少年と目線を合わせるためにしゃがみこむ。 手を伸ばし、顎を上向かせるように掴むと強い視線が一瞬、怯えたように震えた。 「…話せないのか、お前」 少年の唇が、わずかに動く。何らかの衝撃で、一時的に言葉が出なくなることがあると聞いたことがあった。 眉を寄せる少年を、嗜虐的な気分で眺めているとその手に小さな湿った熱が触れた。 眼を遣ると妹の大きな胡桃色の瞳がこちらを見上げている。手に触れる小さな手は、どけろといっているようだった。不安そうな、でも熱を持った視線に思わず笑みを漏らす。 「客間で構わない、休ませてやれ。カエラスにも診させよう。世話はルーイでいいだろう」 「はい」 せわしなく頷いた門衛のひとりに彼らを託して、次に向かうべき場所へと踵を返した。 「ファズ。境界の街で教会が襲われたのは今朝のことだったな」 執務室をかねた自室に秘書役の青年を呼びつけた。飄々とした雰囲気の彼は、物怖じせずこういうことにも慣れていて、扱いやすいのが気にいっている。 「ええ…そうです」 境界の街はこの北自治群と国の領土の接する街で、いくつかあるがその特性上問題が起こることが多い。眉を寄せた彼も、自衛兵団員として処理にそこに駆り出されたはずでうんざりとした表情を浮かべていた。距離はそう遠くなく、往復して半日とかからずまた他の仕事に追われている。 「実行犯はどうなった。国軍兵か?処分は役所に任せたはずだ」 「今回はただの賊のようです、ただ…全て死亡して…」 腕組していた手で口許を覆い、ファズは思案する。 「……まさかとは思いますが」 不味いものを食べたかのような表情で、ファズはちらりと視線を向けてくる。 「クイタースの教会は孤児院も備えています……調べましょうか? あのふたり、もしかすると、ということでしょう?」 孤児院のある教会。遠くない距離。死亡した賊。血塗れの少年。一線で繋がりそうな、それ。 しかしもし繋げてみたとしても無為だと首をふる。 「いや……どうだ、様子は」 「気になるならご自分で見てこられたらどうです。すぐそこですよ、休ませている室は」 呆れたようにファズは云う。 「…お前くらいだな。俺にそんなこと云えるのは」 厳格な自衛兵団長として、怖れられている自覚はある。それでもここ数年、身近に置いている秘書役にとってはそうでないらしい。彼の飄々とした性格も手伝っているのかもしれないが。 「お気に触ったのなら謝りますが。私も命は惜しいので」 「ふん……まあいい」 思わず自嘲する。云われるがまま様子を見に行こうとする自分が可笑しい。 兄妹を休ませている客間から、ちょうど軍医のカエラスが出てきたところだった。こちらに気がついて目が合う。 「団長。ちょうど良かったです、兄妹の様子ですが…」 カエラスは室をすこし窺うようにして、静かに扉を閉めた。中まで響かないようにと少し小声になる。 「妹はほとんど無傷です。擦り傷程度で。兄の方は左腕、右脚に斬られた傷、肋骨にひびがあるようですのでしばらくは安静にさせたほうがよさそうです。話はもうできるようになりましたから、話されてはどうですか」 「…そうか」 曖昧に頷く。 「…では。また時々様子を見に来ておきます」 そう微笑んでカエラスは去っていく。その後ろ姿が視界から追い出されてから、扉を開けた。 来客用の整った室の中、寝台に腰掛けた少年が徐に顔を上げた。寝具が粗雑なものに取り替えられているのは、彼の傷で汚れるのを避けるためだろう。 こちらを真っ直ぐ見る胡桃色の瞳には警戒するような表情(いろ)が宿っている。 「…どうだ、気分は」 後ろ手に扉を閉めて一歩近づけば、その表情が動揺して揺らぐ。それは一瞬で、すぐに威嚇するように睨みつけてくる。 兄にぴったりと寄り添う妹は、好奇心を含んだ眼差しでこちらを見ていた。 「…おじさんも、おいしゃさん?」 妹の無垢な言葉に、兄はふっと表情を崩して困ったような視線を妹に向けている。 「…いや」 首をふった。幼子は扱いに困る。それに比べれば大人びたこの少年の方が遥かに接しやすい。 「お前、名は」 妹からこちらに戻された眼差しは、棘があって、それであって揺れていた。嗜虐的な感情を呼び起こすには十分すぎる、それ。 「……シーディ」 声変わり前の少年の、けれど少し掠れた声で彼はぽつりと答えた。 「妹は」 視線を向けると、兄が声を発するより早く、無垢すぎる笑みがこちらに向けられる。 「わたし、リナ!」 高揚した声で答えた妹を、シーディは咎めるようにちらりと見た。子供のことはよく解らないが、妹にしてみれば、兄が声を発するようになって喜ばしいのかもしれないなとふと思った。 「親はどうした? どこから来た?」 そう問うた途端、シーディの表情が引き攣ったように固まった。胡桃色の瞳が、探すように揺れ動く。妹のリナに眼を遣れば、兄をじっと見上げていた。まるでその様子を窺うように、心配した目つきで。 「…どうした」 「……知らない。憶えてない」 投げやりに放たれた言葉。 「…どういうことだ」 「…………憶えてない。此処に来た、前のことはなにも…」 視線は合わせずに、吐き捨てるようにシーディは云った。それなのに顔色が酷く悪い。それは肌の色の所為だけでなく、彼なりに衝撃を受けているのだろうと思う。どんなに大人びていても少年には変わりないのだ。 「…お前は」 そう云ってリナに眼を遣ると、真っ直ぐとこちらをふり返って、はっきりとした声音で答える。 「おぼえてない、の」 それは真実ではないのだろう、とすぐに思った。幼いながらも兄を気遣って、合わせているように感じた。無垢なようでこちらもひどく大人びている。 それを聞いてシーディは困ったような視線をちらりとリナに向けた。 すこしの沈黙が流れた。眼の前の二人をしっかりと見据え、決めていた言葉を云ってやる。 「俺の子になれ」 シーディは微動だにせずにそれを聴いていた。無反応。思わずラーフェルトは舌打ちする。一方でリナはきょとんと、瞳を輝かせる。 「聞いてるか。…俺の子になれ」 シーディの胡桃色の瞳が、見上げてきた。子供らしくない冷めた瞳。 「いいか、これは提案じゃない。命令だ」 シーディはゆっくりとまばたきする。 「今日から俺がお前らの父親になってやる」 わずかにもどかしい表情を浮かべて、少年は頷くように、俯いた。 >>>胡桃色の記憶 side:テオ 
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