虚飾のルビー

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虚飾のルビー

 むかしむかし、あるところに宝箱がありました。  目立たないように、棚の奥深くに隠されている宝箱。そのくせ、古めかしくて格式張った装飾のついた宝箱です。  宝箱には二つの宝石が入っていて、大きい粒がトパーズ。小さな粒はルビー。  トパーズは世界中のどの宝石にも負けないほどの輝きを持っていましたが、ある日を境に輝きを失ってしまいました。  その宝石箱の持ち主は、トパーズが輝きを失ったことで、大いに落胆し、悲しみました。  しかし、トパーズに変わって今度は、ルビーの方が強く輝き始めたのです。  トパーズはその強い輝きから、指輪になる未来が確約されていました。その為の台座も、すでに用意されていたのです。  しかし、輝きを失ったトパーズの代わりに、ルビーが台座と、指輪になる未来を手にすることになりました。  ルビーの宝石は、トパーズが輝きを失ったことで落胆した宝石の持ち主に、再び希望を与えたいと考えていました。  トパーズの名誉を守るためにも。  持ち主の心を守るためにも。  ルビーも輝きを持つことを、願ったのです。  しかし、宝石箱の持ち主は、次第にルビーの宝石を乱暴に扱うようになりました。  どうやら宝石の持ち主は、ルビーの宝石がトパーズの輝きを奪ったのだと、考えたようです。  希望を持たせようと輝いて、卑怯者だと罵られ、感謝も謝罪も浴びないまま、ルビーは輝くことに疲れていきます。  このままでは、ルビーはただの石ころに戻ってしまうでしょう…。 ★★★ 「具合はどうだい、母さん。またその本? 面白いの? それ。」  森の奥にある療養所。病室の中は眩しいくらいに白く、ベッドの上の人物の顔すら見えない。  どうやら本を読んでいたらしい患者の元へ、見舞人が訪れていた。 「あぁ…。えぇっと…」 「真昼だよ。いい加減、息子の名前くらい覚えたら?」 「真昼。あんまり、ふらふらしてちゃ、だめよ。」  脈絡もなく、患者は突然、見舞人に小言を飛ばした。口調は至って穏やかだ。視線は、何も無い空間を虚ろに泳いでいる。 「お兄ちゃんは、あんなに頑張っているんだから、あなたもしっかりしなきゃ。」  そう言葉を足されても、見舞人は慣れた様子で、花瓶の花を変えている。 「朔夜はもう死んだよ。それ、何度も言ったろ。」  今日の天気は快晴だよ。そんな軽々しい口調で返した。  繰り返す会話に慣れてしまったというよりは、会話自体にあまり意味を持たないようだ。  出しっぱなしの下着やタオルなど、ベッドの周りの散らかったものを片付けて、見舞人は腕時計で時刻を確認した。 「念のため寄ってみたけど、ここは繋がなくてもいいか。他の場所を急ごう」  あまりに患者の存在を意識していないのか、独り言が零れる。 「朔夜はどうしてるの? 顔を見せないけど、元気にしてるの? 教えて、えぇっと…。」  要件が済むと、手早く荷物をまとめて、見舞人は病室を出て行ってしまう。 「真昼だよ。名前くらい覚えたら?」
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