12人が本棚に入れています
本棚に追加
真夜中の解放
初めて目にしたその光景は、とても美しいものだった。
光に押し上げられるように、眩い笑顔を浮かべた女性が、優都の頭より少し上に浮かび上がっている。
肌の色や鼻の形までよく見えるほどの距離だ。
その女性こそが、優都が遭遇した図書室の怪。
優都が祈りを捧げる間、青い色をしていた光は、今は赤や黄色、紫など多彩な色を見せている。そのポップなネオンカラーの中で、彼女は優都に電子学生証を差し出した。
『桜庭くんが、探してたもの。ちゃんと届けたからね。』
直径十五センチほどの長方形の学生証。壊れてはいないようだ。画面にヒビも入っていない。
「ありがとう!」
優都は差し出されたそれを、素直に受け取った。
学生証を手放すと、手品みたいに彼女は消える。ポンと弾けて、霊魂となって天井の方へと昇っていく。
それも途中で見えなくなって、消えた。
「俺の学生証。ちゃんと、返してくれるつもりだったんだ。」
襲われたりとかしませんでした。
祈りが生み出す光が落ち着くと、世界は再びグミベアさんのオレンジの光に戻ってくる。
長い廊下が、迷いなく真っ直ぐに伸びている。天井は明かりが届かず見えなくなっていた。
優都は学生証を持ったまま、一人その場に立ち尽くしている。
「一応、消せた…?」
自分が普段、どんなふうに霊を「消して」きたのか、目を閉じて祈る優都が知ることはなかった。
ここに来て、今日、初めて、とても綺麗な光と共に霊を天へと召し上げていたことを知る。
優都は実は、とてもすごいことをしているのかもしれない。
「お疲れ様、優都!」
明るいスマホのライトと共に、真昼がすぐに駆け寄って来てくれる。傍にいてくれたことを知り、優都はすっかり脱力だ。
「はい、お疲れさん。ちゃんと見てたんだろうな。」
「見てたよ。相変わらず、僕の家を継げそうなくらい迅速で的確な浄霊だね。」
「相変わらず?」
真昼の真似をして使い始めた力。それを真昼に御披露目したのは、今夜が初めてだ。
優都のその反応に、
「あれ? 覚えてないの? じゃあ、なんで使ってたの?」
と、真昼の方が首を捻るので、話がわからなくなる。
「なんでって…、真昼が使っていたのを、真似して…。」
改めて口にすると恥ずかしいので、優都は思わず顔を逸らした。しかし、真昼はその優都の言葉に浅く笑う。
「そうか。覚えてないのか。…その祈りの言葉、最初に口にしたのは優都だったんだよ。」
「え…?」
「でも、これでいいのかもね。」
言われて慌てて記憶辿ろうとするのだが、真昼はその優都を置いて、先に屋上へ続く階段へと向かっていく。
「そうだっけ…? あ、おい、真昼!?」
つい数十分前に、真昼が何かをはぐらかすような様子だったことを思い出す。
どうやら真昼は、秘密主義のようだ。
都合の悪いことや、説明するのが面倒くさいことは、片っ端から隠していくつもりらしい。
そういえば、餓者髑髏の中にある町の説明も、真昼は面倒になって投げたままだ。
(昔はこんなに隠し事されたりしなかったのに…。大人になった真昼は、なんだか…。)
近くに戻ってきたり、少し遠く感じたりする。再会した幼馴染との、不思議な距離感。
離れて行く真昼の、記憶の中の姿より一回り大きくなった背中。
(なんだか…ずるい感じ!)
椿 真昼は、ずる賢い性格の悪い男なのです。
学生証を制服の元の場所に戻し、優都も真昼の後を追った。たまたま図書室にいた霊と遭遇しただけで、夜の学校には他にも色々なものが棲みついているからだ。
その全てを、一夜で語り尽くせるものではない。
「なぁ、真昼。あの女の人、消える前に学生証を自分から返してくれたんだ。俺に取り憑いたりする気は始めから無かったみたいで。」
「霊なら皆怖いわけじゃないって言ったでしょ? こういう場所に集まってくるのは、寂しい思いをしている霊が多いから。きっと、優都に学生証を返すことで、人と繋がりたかったんじゃないかな?」
「それなら祈りを唱えなくても、普通に学生証を一緒に探して思い出作ればよかったかな。」
ジャリンと音をたてて、真昼が取り出した鍵束。ずっしりと重そうな束の中から、鍵を一本取り出す。
屋上と秘密基地を繋ぐ鍵だ。優都が真昼に貰った二本の鍵と同じもの以外に、真昼はかなり多くの鍵を持っている。
あらゆる場所の扉を、あの秘密基地と繋いでいるらしい。
「どうかな。優都の祈りは優しい祈りだ。霊の冥福を祈り、成仏を促す祈り。読経と同じような効果があるんだよ。」
「そう…かな。」
優都は友達がいないので、同年代に褒められる経験もあまりない。こういう時、どう返答していいのか迷う。
まともに相手の顔が見られない。
「僕が椿家で教えられたのは、霊を救う力じゃない。悪霊も妖怪も、時には悪意の無い浮遊霊でも、万能に切り捨てるだけの力だ。」
屋上の扉に辿り着いた。
真昼が鍵を挿して回すと、そこにあった屋上に続く扉が、紙を手でクシャクシャ丸めるように潰れていく。
そして、そのクシャクシャが再び広がると、現れるのは秘密基地の扉だ。
お洒落なデザインの木造扉。毎度どこにでも現れてくれる扉さん、タフだ。
「椿家…か、…。」
自宅の話をしているとは思えないような、他人行儀な言い回しだ。
思えば祓い屋だったという真昼のおじいちゃんについても、やけに親しみを感じない物言いだった。
秘密主義の真昼について、優都は考える。
(真昼は成人して家を継ぐまでの時間のことを、『解放された』って言ってた。真昼は自分の家の人たちのことを、好きじゃないのかもしれない。)
それは優都も同じことなので、とやかく言うつもりはない。
ただ、痛みを隠しているのではないかと、
「眩しっ!」
思ったけれど、すぐにどうでもよくなる。
真昼が秘密基地の扉を開くと、そこから溢れてきたのは電灯の明かりだ。
暗いところをブラブラして遊んできたので、急な明るさに対応できない。
両目を閉じて固まった優都の姿に、真昼は平凡な感想を漏らした。
「優都、可愛い。」
「そういう問題じゃないの!閉めて!」
言われた通り、真昼は秘密基地に入ると扉を閉めた。そして鍵を抜いてしまったらしく、秘密基地への扉が消えてしまう。
優都は屋上へ続く扉の前に取り残された。
「嘘でした!開けて!?」
そんな感じの夜でした。
★★★
二人だけの町。
二人だけの秘密基地の中。
その日の夜、優都と真昼は色々な話をした。
隠していることや、話すのが面倒なことは、何故か話題には上がらなくて、ものすごくくだらない雑談で時間を消費していく。
「それで、そのゲームがめっちゃ面白くて。通信対戦できるんだけど、チャットでメッセージ送ったりもできるんだよ。」
「ゲームでチャットかぁ~。俺も人と話すと、声が小さいとか、人の目を見て話せとか、散々言われて余計話せなくなるから…。チャットなら話せるかもなぁ。」
「今度新作出るんだよ。優都も買おうよ。丁度節約シェア始めたんだし。」
「チャットって、どんな風に話すの?」
「ROUTEみたいな感じかな。面と向かって話せないことも、ここでなら素直に話せるよ。ここで話しても伝わらないことが、会って話せば三秒で済んだりもするんだけど。」
「ROUTEって言えば、面白い使い方があるって、後輩が言ってた。真昼、何かわかるか?」
「グループ会話のことじゃない? 仲間内だけで集まって喋れる機能のことじゃないかな。あれ楽しいよ。例えば…、部活動のメンバーとか。」
「部活? 縁が無さそうな単語第二位だ。」
「第一位は何?」
「ともだち。」
「あぁ、それは僕も縁無いな。悪友とかなら、無くはないけど。」
珈琲二杯分の、楽しい時間だった。
最初のコメントを投稿しよう!