真夜中の解放

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真夜中の解放

   初めて目にしたその光景は、とても美しいものだった。  光に押し上げられるように、眩い笑顔を浮かべた女性が、優都の頭より少し上に浮かび上がっている。  肌の色や鼻の形までよく見えるほどの距離だ。  その女性こそが、優都が遭遇した図書室の怪。  優都が祈りを捧げる間、青い色をしていた光は、今は赤や黄色、紫など多彩な色を見せている。そのポップなネオンカラーの中で、彼女は優都に電子学生証を差し出した。 『桜庭くんが、探してたもの。ちゃんと届けたからね。』  直径十五センチほどの長方形の学生証。壊れてはいないようだ。画面にヒビも入っていない。 「ありがとう!」  優都は差し出されたそれを、素直に受け取った。  学生証を手放すと、手品みたいに彼女は消える。ポンと弾けて、霊魂となって天井の方へと昇っていく。  それも途中で見えなくなって、消えた。 「俺の学生証。ちゃんと、返してくれるつもりだったんだ。」  襲われたりとかしませんでした。  祈りが生み出す光が落ち着くと、世界は再びグミベアさんのオレンジの光に戻ってくる。  長い廊下が、迷いなく真っ直ぐに伸びている。天井は明かりが届かず見えなくなっていた。  優都は学生証を持ったまま、一人その場に立ち尽くしている。 「一応、消せた…?」  自分が普段、どんなふうに霊を「消して」きたのか、目を閉じて祈る優都が知ることはなかった。  ここに来て、今日、初めて、とても綺麗な光と共に霊を天へと召し上げていたことを知る。  優都は実は、とてもすごいことをしているのかもしれない。 「お疲れ様、優都!」  明るいスマホのライトと共に、真昼がすぐに駆け寄って来てくれる。傍にいてくれたことを知り、優都はすっかり脱力だ。 「はい、お疲れさん。ちゃんと見てたんだろうな。」 「見てたよ。相変わらず、僕の家を継げそうなくらい迅速で的確な浄霊だね。」 「相変わらず?」  真昼の真似をして使い始めた力。それを真昼に御披露目したのは、今夜が初めてだ。  優都のその反応に、 「あれ? 覚えてないの? じゃあ、なんで使ってたの?」  と、真昼の方が首を捻るので、話がわからなくなる。 「なんでって…、真昼が使っていたのを、真似して…。」  改めて口にすると恥ずかしいので、優都は思わず顔を逸らした。しかし、真昼はその優都の言葉に浅く笑う。 「そうか。覚えてないのか。…その祈りの言葉、最初に口にしたのは優都だったんだよ。」 「え…?」 「でも、これでいいのかもね。」  言われて慌てて記憶辿ろうとするのだが、真昼はその優都を置いて、先に屋上へ続く階段へと向かっていく。 「そうだっけ…? あ、おい、真昼!?」  つい数十分前に、真昼が何かをはぐらかすような様子だったことを思い出す。  どうやら真昼は、秘密主義のようだ。  都合の悪いことや、説明するのが面倒くさいことは、片っ端から隠していくつもりらしい。  そういえば、餓者髑髏の中にある町の説明も、真昼は面倒になって投げたままだ。 (昔はこんなに隠し事されたりしなかったのに…。大人になった真昼は、なんだか…。)  近くに戻ってきたり、少し遠く感じたりする。再会した幼馴染との、不思議な距離感。  離れて行く真昼の、記憶の中の姿より一回り大きくなった背中。 (なんだか…ずるい感じ!)  椿 真昼は、ずる賢い性格の悪い男なのです。  学生証を制服の元の場所に戻し、優都も真昼の後を追った。たまたま図書室にいた霊と遭遇しただけで、夜の学校には他にも色々なものが棲みついているからだ。  その全てを、一夜で語り尽くせるものではない。 「なぁ、真昼。あの女の人、消える前に学生証を自分から返してくれたんだ。俺に取り憑いたりする気は始めから無かったみたいで。」 「霊なら皆怖いわけじゃないって言ったでしょ? こういう場所に集まってくるのは、寂しい思いをしている霊が多いから。きっと、優都に学生証を返すことで、人と繋がりたかったんじゃないかな?」 「それなら祈りを唱えなくても、普通に学生証を一緒に探して思い出作ればよかったかな。」  ジャリンと音をたてて、真昼が取り出した鍵束。ずっしりと重そうな束の中から、鍵を一本取り出す。  屋上と秘密基地を繋ぐ鍵だ。優都が真昼に貰った二本の鍵と同じもの以外に、真昼はかなり多くの鍵を持っている。  あらゆる場所の扉を、あの秘密基地と繋いでいるらしい。 「どうかな。優都の祈りは優しい祈りだ。霊の冥福を祈り、成仏を促す祈り。読経と同じような効果があるんだよ。」 「そう…かな。」  優都は友達がいないので、同年代に褒められる経験もあまりない。こういう時、どう返答していいのか迷う。  まともに相手の顔が見られない。 「僕が椿家で教えられたのは、霊を救う力じゃない。悪霊も妖怪も、時には悪意の無い浮遊霊でも、万能に切り捨てるだけの力だ。」  屋上の扉に辿り着いた。  真昼が鍵を挿して回すと、そこにあった屋上に続く扉が、紙を手でクシャクシャ丸めるように潰れていく。  そして、そのクシャクシャが再び広がると、現れるのは秘密基地の扉だ。  お洒落なデザインの木造扉。毎度どこにでも現れてくれる扉さん、タフだ。 「椿家…か、…。」  自宅の話をしているとは思えないような、他人行儀な言い回しだ。  思えば祓い屋だったという真昼のおじいちゃんについても、やけに親しみを感じない物言いだった。  秘密主義の真昼について、優都は考える。 (真昼は成人して家を継ぐまでの時間のことを、『解放された』って言ってた。真昼は自分の家の人たちのことを、好きじゃないのかもしれない。)  それは優都も同じことなので、とやかく言うつもりはない。  ただ、痛みを隠しているのではないかと、 「眩しっ!」  思ったけれど、すぐにどうでもよくなる。  真昼が秘密基地の扉を開くと、そこから溢れてきたのは電灯の明かりだ。  暗いところをブラブラして遊んできたので、急な明るさに対応できない。  両目を閉じて固まった優都の姿に、真昼は平凡な感想を漏らした。 「優都、可愛い。」 「そういう問題じゃないの!閉めて!」  言われた通り、真昼は秘密基地に入ると扉を閉めた。そして鍵を抜いてしまったらしく、秘密基地への扉が消えてしまう。  優都は屋上へ続く扉の前に取り残された。 「嘘でした!開けて!?」 そんな感じの夜でした。 ★★★  二人だけの町。  二人だけの秘密基地の中。  その日の夜、優都と真昼は色々な話をした。  隠していることや、話すのが面倒なことは、何故か話題には上がらなくて、ものすごくくだらない雑談で時間を消費していく。 「それで、そのゲームがめっちゃ面白くて。通信対戦できるんだけど、チャットでメッセージ送ったりもできるんだよ。」 「ゲームでチャットかぁ~。俺も人と話すと、声が小さいとか、人の目を見て話せとか、散々言われて余計話せなくなるから…。チャットなら話せるかもなぁ。」 「今度新作出るんだよ。優都も買おうよ。丁度節約シェア始めたんだし。」 「チャットって、どんな風に話すの?」 「ROUTEみたいな感じかな。面と向かって話せないことも、ここでなら素直に話せるよ。ここで話しても伝わらないことが、会って話せば三秒で済んだりもするんだけど。」 「ROUTEって言えば、面白い使い方があるって、後輩が言ってた。真昼、何かわかるか?」 「グループ会話のことじゃない? 仲間内だけで集まって喋れる機能のことじゃないかな。あれ楽しいよ。例えば…、部活動のメンバーとか。」 「部活? 縁が無さそうな単語第二位だ。」 「第一位は何?」 「ともだち。」 「あぁ、それは僕も縁無いな。悪友とかなら、無くはないけど。」  珈琲二杯分の、楽しい時間だった。
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