金曜日の昼食

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金曜日の昼食

「僕が教室でポツン…てなってたら、優都ゼッタイ声かけに来てね!」  と言っていた真昼が優都と同じクラスになったのは、金曜日のことだった。  これで優都も教室でポツン…現象にならずに済むと思いきや、転校生という付加価値を得た真昼はあっという間に囲まれてしまう。 「椿って名字珍しくね?本名なん?」 「転校してくる前はどこにいたの?」 「桜庭くんと幼馴染だって!」 「桜庭ってどれ? あぁ、アイツ喋ってんの見たことないわ。」 「そんな言い方ないでしょ。おとなしくて礼儀正しいやつっていいなよ。」 「わかんないことあったら、なんでも聞いてね!」  といった感じで、昼休みになるまで、優都が近寄る余地は無かった。 (しかも、何気に俺の悪口になってるし…。)  教室の中のことなので、十分に耳に届いてしまう。真昼は助けて欲しいのか、話に加わって欲しいのか、優都にチラチラ視線を送っていたが、優都が会話に加わることはなかった。  自分の席で頬杖をついたままの、今まで通りの優都だ。機会があっても自分を変えられない。  優都はこうやって、人と打ち解けるチャンスを逃していってしまう人なのである。 「真昼に他の友達できちゃったら嫌だな…。でも、それならそれで元に戻るだけか。今までも一人だったんだし…。」  みたいな暗いことを、自分の席で一人で考えている。通常運転の優都のもとへ、いつもの彼らがやってきた。 「しんりゃーく!桜庭先輩、お昼お供するっすー!」  と言って侵略してきたのは、元気印の後輩、稲早 兎だ。教室と廊下を隔てる窓から、身を乗り出してくる。  その横に夜中 迷も揃って、 「侵略させていただきます! 優都様、お昼食べましょう~。」  とお弁当を掲げて誘いに来た。  この人たちは俺を構って何が楽しいんだろう? と優都は心の中だけで思う。 「いいけど、なんで俺のとこに来るの。他の人たちと一緒の方が楽しそうだし、無理して俺のとこ来なくていんだよ。」  本心からの想いなので正直に口にする。優都は誰と話していても、常にそう思わずにいられない。  なんで俺なの?  無理してるなら、離れていっていいんだよ。  気を遣わないで。  みたいなことを言ってしまう。すると、言われた方は「近寄ると迷惑なのかしら」と思って遠ざかっていく。  優都がいつも一人でいるのは、だいたいそんな仕組みだ。  自分に自信がないんです。人にテンション合わせるのもしんどいし。マイペースが一番楽。  人畜無害なんで、放っておいてください。ご迷惑はおかけしません。 「…みたいなことを考えてるっすね?」  優都の一連の心の声を、兎は読んでいました。 「だって、ほんとのことじゃん…。」  今まさに、唯一の幼馴染すら他の人に取られそうになっているところなので、優都はちょっぴしナーバスになっている。 「桜庭先輩といたら楽しいから遊びにくるんすよ。何が不満なんすか。」 「俺といて何か楽しい? ほんとごめん。悪気はないんだけど、俺の何がいいのかわかんないんだよ。高校生でいられる時間を無駄にしてない?」  何があったらこんなに後ろ向きになるのか、優都の生態は謎である。 「よまちぃは優都様を推し活させて頂いてるおかげで、生きようと思えるのですよ!」 「そんなことある!?」  そういう生態の人もいます。 「俺も桜庭先輩スキっすよ!髪キレーだし、顔キレーだし、静かだし、いいじゃないすか。お近づきになりたいっす。」  なんかもうメチャクチャ褒めてくれるのである。それはそれで恥ずかしいので、優都は耳まで真っ赤になった。  でも嬉しい。 「そうかな…。じゃあ、ごはん一緒に食べる。」  流される。  その、ごはん一緒に食べるが聴こえていたようで、地獄耳の真昼が大急ぎで人集りの中から抜け出してきたのだった。 「こら!」  と怒鳴ると同時に優都の机をバン!と叩くので、乗せていたお弁当箱が包みごとジャンプする。  優都もびっくりして、肩の骨がジャンプする。ビクッ。 「優都、僕に声かけてくれるって言ったのに、ずっと放置じゃん嘘つき! しかも、勝手に他の人とお昼食べるじゃん!泣くよ!?」  穏和な真昼が怒鳴るのも珍しいので、優都は目がうるうるになる。とにかく優都はちょっとしたことですぐ泣くのです。  教室の前の方で真昼を囲む人集りが出来ていることは、兎や迷も気がついていた。なので、そこから飛び出して来た人物が優都に話しかけてきたことに驚きだ。 「誰すか?」  兎が真っ先に鋭い視線を真昼に向ける。身を乗り出していた窓から、優都を守るようにギュッと抱き寄せた。 「俺の先輩に喧嘩売るなら相手になるっすよ。」 「調子に乗るなよ後輩くん。」  真昼と兎の間に、バチバチと火花が散る。  どちらに声をかけるべきなのか、優都は視線を迷わせるばかりだ。優都はこんなに愛されているのだが、自分でその事に気がつくのにもう少しかかりそう。 「喧嘩しないで…。」  睨み合う真昼と兎の殺気に挟まれて、消え入りそうな声の優都。その優都に変わって、迷が真昼と兎のほっぺたを引き離すようにモニュンと押した。 「優都様がお腹空かせてしまいます!喧嘩は後にしてください!」  女子が強い。 ★★★  結局、四人でお昼を食べる運びになって、中庭にやってきた。  中庭と言っても、他の生徒に人気のベンチやテーブルが置いてある場所ではなく、そこから離れた中庭の片隅だ。  背の低い植木の裏側に、シートを広げて四人で座る。校舎と植え込みの間の位置なので、誰の目にもつかないが、狭い。 「な、なんで此処?」  当たり前の質問なので、優都が代表して聞いてしまう。 「こういう、人に見えないとこが落ち着くんすよ。校舎の壁に背をつければ、背もたれになるし。雨の日でも、ここなら屋根あるし。」  言われて見上げる。張り出した少しの屋根が、ここならかかっている。  絶妙にくつろぎやすい、かなりベストスポットだ。見栄えだけが悪い。  シートは迷の私物らしく、いつも持ってきて、此処で兎とお昼を食べているようだ。 「四人で一緒だと、賑やかになりますね!」  と喜ぶ迷の今日のお昼は、サンドイッチと缶珈琲だ。会社員みたいなものを食べている。  その横でコンビニで買った筑前煮を食べている真昼は、黙々と箸を進めるだけで、声を出してくれない。 「真昼、怒ってる?」  恐る恐る優都が尋ねると、 「怒ってるよ。」  と分かりやすい返答が来る。 「だって、優都が僕を放っておくから。そりゃあ、転校生は珍しいから、皆が声をかけてくれるし。仲良くなれそうな人とは、友達にもなるけど。でも、僕が一番仲良しなのは優都なのに。」 「ごめん。でも真昼はたくさん友達が作れても、俺には真昼しかいないから。真昼が囲まれると教室に居づらいんだよ。」 「だったら、尚更声を掛けてくれればよかったんだ…。」 「俺は真昼と違って人と話せない。だから、真昼が俺のところに来てくれないと、俺から真昼のところには行けないんだ。」  真昼と優都の揉め事を前に、兎は冷静だ。 「それは、結局なんの喧嘩なんすか。」  とツッコんでくる。 「そういう君は誰なんだい。」  ほとんど表情のない顔で、真昼が尋ねる。 「学年一個下の、稲早兎っす。桜庭先輩の友達やってるっす。」  そんなのやってる人いるんだ、と優都は思った。 「同じく、優都様を推し活している夜中迷です!縮めてよまちぃとお呼びください!」  びちっと両手で真昼を指示す。子供っぽい仕草の夜中迷。  そんな活動があるんだ、と優都は思った。  言ってから、迷と兎は視線を合わせて笑い合う。 「ご丁寧に。僕は今日からこの学校の生徒になった椿 真昼だ。優都の幼馴染でもある。」  そこで箸を置き、真昼は顔を上げた。 「だいたい君らと同じ、優都が中心の存在です。」  迷と兎が、『あ、この人は友達になれるな。』と思った瞬間だった。
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