喧嘩への招待

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喧嘩への招待

 昼食を終えた四人が解散する際に、兎が優都に声をかけた。 「桜庭先輩、親睦会の待ち合わせ場所、あとで連絡するっす。」  ROUTEのアプリが入っている電子学生証をシャカシャカ振って見せて、迷と共に教室へ戻っていく。  優都から見るに、迷と兎はやたら仲良しだ。よほど気が合うのだろう。 「あぁ。わかった。」  返事をした優都に、ゴミを片付けて立ち上がった真昼が問いかける。 「親睦会って?」  何気なく問いかけた質問だったので、深く考えずに優都も答えた。 「あぁ、肝試しに行くって、誘われてる。それが真昼に会った日で、一度に色々起こるなぁって思ったんだよ。」  笑いながら答えた優都だったのだが、真昼はため息と共に頭を抱えた。 「…肝試しね。」  再会した幼馴染と、霊能力の修行だとか関係無く、楽しい高校生活デビューのつもりだった真昼だ。  それなのに、一日中放置されていた上に、優都の迂闊さには苛立つ。 「優都は僕が昨日も散々心配してたこと、全然まじめに聞いてくれてないんだね?」 「え?」  再三説明するが、優都は霊の影響を受け易い体質なのだ。  暑さに弱い体質だとでも思ってください。そのくせ、コンプレックスにしている割には行動が迂闊だったりする。 「そんなことでまで怒らなくてもいいだろ。」 「怒ります! 優都は僕が、優都のことめっちゃ好きだし、心配してるし、君を守る為に戻って来たんだってこと、わかってくれてない。」  そして、それが真昼が家を継ぐまでの限られた自由であることも、優都は考えていない。 「そんなこと言われても。俺だって肝試しには気乗りしてないし、誘われたんだから仕方ないだろ?」 「仕方なくなくない? 断れば良くない?」  真昼は今、ちょっと面倒くさい恋人みたいになっている。 「俺は真昼みたいに誰とでも仲良くなれる性格じゃないし、転校生みたいに目立つ特典もないんだよ! だから誘われたら行くしかないじゃん!」  お弁当の包みを持って校舎と植木の間で怒鳴るという、今しか経験できない事をしている優都。  人生は、いつ何が起こるかわからない。 「優都は霊の影響を受け易い体質だ。それを押してまで危険な所にいかないと仲良くしてくれないような友達なら、僕は要らない。」 「そ、そんなこと…。真昼に言われたくないよ。」 「なんで?」 「真昼は、兎のこともよまちぃのことも、何も知らないだろ。」 「じゃあ、優都はあの二人のことをよく知ってるの? 僕よりは付き合い長そうだけど、優都だってそんなに親しい感じでも無かったじゃん。」  子供のような拗ねた顔で、真昼は口を尖らせる。ああ言えばこう言われる問答で、責められている側の優都も怒りが沸いてきた。 「もういいよ。真昼の許可が必要ってわけじゃないもんな。自分のことくらい自分で決める。」  チャイムが鳴る。  空には雲がかかっていく。 「俺は行くよ肝試し。昨日の霊だって、敵意は無かったし。危険な霊ばかりじゃない。真昼がそう言ったんだろ。」  そう言い残し、優都は真昼を置いて教室へ戻った。戻る教室は同じなのに、真昼を置いていった。 「…なんで喧嘩になってんだろ。」  元より、真昼は優都が大好きな人なので、本気で怒っていても、優都に意見を合わせることは出来る。  それでも口論になってしまったのは、どこかそうすることを望む気持ちが、真昼にはあったのかもしれない。 「喧嘩…したいのかな。僕は…。」 ★★★ 「ううぅ…。」  で、自分でした事ながら悲しすぎて、優都は目をうるうるにして午後の授業に出た。  本当に馬鹿なことだが、なんだか急に真昼と喧嘩してしまった。昨日の夜まで仲良くできていたのに。  転入初日で真昼は挨拶周りに忙しいのだ。しばらく経って落ち着けば、教室で優都と話せる時間は増えるし、その頃には優都の教室でポツン現象も治まるだろうに。  やっと仲良しの真昼と同じクラスになって、期待が大きかっただけに、優都は理想と現実の落差に焦っているのかもしれない。 「俺のばか…。」  午後の授業は体育だ。昼休憩の後に体育が来ると、お腹いっぱいで動けないわ、食べた後に急激に動きすぎて片腹痛いわで、最悪である。  そして優都のモチベーションも最悪で、空模様も最悪で、嫌な事尽くしだ。 (真昼と仲良しに戻れなかったらどうしよう…。なんで俺ってこうなんだろ。)  ちなみに優都は運動も出来ないので、体育が大嫌いだ。通知表は全部真ん中評価で、なんの特徴も個性もないのに、体育だけ最低評価で、結果として成績も最悪。 (俺ってこの世界にいる必要ある…?)  定番な暗いことを優都が考え始めたところで、 「桜庭、休憩中?」   声をかけて来たのは、同じクラスの武田君だった。下の名前まで知らないです。席は前の方だったと記憶している。 「え、はい。」  今はチームごとにサッカーのミニゲームをやっているところで、サッカー部の人は楽しいけれど、帰宅部の人は何一つ楽しくない時間だ。  使えるコートが一つしかないので、優都のチームは端っこで休憩している。 「いや、なぜ敬語? てか、さっきはごめんな。喋ってるとこ見たことないとか、酷いこと言って。」  酷いこと言った自覚はあるらしい。何を隠そう彼こそが、先ほど真昼を囲んで優都を中傷していた人物である。  それについては、わざわざ本人の前で口にはしないが、優都もしっかり覚えている。  覚えてろよ。いや、覚えてるぞ。 「ほんとのことだから、いいんじゃないか? 間違ってないし。」 「間違ってるって、椿に言って欲しかったんだよ。」  その意外な返答に、初めて優都は顔を上げた。よく見たことが無かったが、この人が武田くんか。  下の名前はなんて言うんだろう。緑の学校指定のジャージがよく似合う。少し伸ばした髪を、横流しに結んでいる。 「真昼に?」 「桜庭のことよく知ってるやつなんか、今のクラスにいないからさ。椿が来てくれて、皆ちょっとホッとしてんだよ。」  グラウンドの端、敷地を区切るフェンスに寄りかかって、武田某がそう言った。  フェンスの向こうは自転車置き場だ。殺風景な背景が、ぶっきらぼうな物言いの彼のイメージと重なる。 「だから、あえてキツいこと言ってもさ、『アイツは実はよく喋るし、僕といる時は明るい奴だよ』って、椿が言ってくれれば、桜庭も少し話し易くなるかなって…。」  優都の知らないところで、色々と考えてくれています。  こういう形で口に出されなければ、到底気がつくことは難しい。  ただ、仲良くなって気軽に話しかけることが、難しいなぁと感じているのは、必ずしも優都だけとは限らないということだ。  優都がクラスメイトを遠い存在と感じている時、実は彼らもまた、優都を遠く感じている。  どうすれば仲良くなれるかな?  優都がそう考えているのと同じくらいの回数、クラスの皆も、実は同じことで悩んでくれているのだ。 「そう…。俺のこと考えて言ってくれてたんだ。気がつかなかった。ごめん。ありがと。」 「いや、べつにいいんだけど。俺もごめん。それ、言いに来ただけ。」  優都の心の中で、武田君は比較的クラス内の目立つチームの中にいる。単体であり地味である自分とは、一生関わることはないと思っていた。  というか、視界にすら入ってないのかと。武田くんの世界に桜庭優都なんて人いたんですね。 「あー…、あと、椿のキャラ結構面白くね? 桜庭が大好きな人、みたいな。まぁ、また今度話し聞かせてくれよ。話しかけるのは、椿経由でいいからさ。」  あまり長く話しかけても優都が怖がると思ったのか、単純に、それ以上は話題が思いつかなかったのか、そこらで彼は会話を切り上げた。  そして、またコートの方へと戻っていく。  その背中を見送って。  優都は本当に泣きそうになるのです。 (すっっっっごく、いい人だ…!)  ということに、気がつきました。怖い人だと思っていた。  実はとても周りに気を配れる優しい人かもしれない。いや、絶対そう。  彼だけではなく、クラス全体が、どうにか桜庭優都を発言し易くしてやろうと、考えてくれているのだと気がついた。  もちろん、そのことを四六時中考えているわけではないだろうが。  クラスメイト全員の共通の意識として、機会があれば桜庭をクラスの輪に引き込もうと、そう思ってくれているのだと、今やっと思い至りました。  優都以上に椿 真昼の存在に期待をしているのは、クラスのメイトたちだったのかもしれない。 (ありがとう…。貴方が神ですか…!)  と叫びたいくらい、武田某とのこの短い会話が、この先の優都の心を変えるきっかけになることは、間違いなかった。  ついさっきまで真昼と喧嘩していたことが、あっという間にどうでもよくなる。 (みんなが俺を普通に戻そうとしてくれている。それなら、こんなに強い味方はない。きっと信じても大丈夫なんだ。)  突然の通り雨の後に、虹がかかるように。濡れた傘を、晴れた日の庭に干すように。  優都の心が、高揚した。
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