親睦会の当日

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親睦会の当日

   ROUTEにて集合場所の連絡を貰い、優都は休日にわざわざ心霊スポットにやってきた。  暇人である。  町外れにある洋風の建物。  丘の上なので見晴らしがいい。道路を挟み、ガードレールの向こうに街を見下ろせる。  屋敷を囲む黒い門。その前に集合した優都と、兎と、夜中迷。そしてもう一人、見覚えのある少女。  優都が秘密基地からの初登校時に、階段で遭遇した女子学生だ。 「先輩来てくれたんすね! …そして安定の制服で来たっすね。」 「仕方ないだろ、私服はお洒落なのとか持ってないんだから。」  そもそも友達がいなくて、友達と出掛けたことすらない優都に、休日コーデを期待することが間違いです。  優都だって本心ではお洒落したいのだが、流行りがよくわからないのだ。  ファッション誌?  読んでないです。  一方の兎は何故か燕尾服で、夜中迷は黒いTシャツに白に近い色合いのジーンズ。大きめのトートバックを肩にかけている。  何やら、コスプレイベントに登壇するアーティストと、その付き人スタッフといった装いだ。  そして、優都が最初から気になっているもう一人の女子高生は、真っ白なドレスに白いハイヒール。  隅々までレースを使ったお姫様コーディネートだった。頭に乗っけた羽飾りが高級感を出している。 「俺の平凡な学生服より、君らの服装が気になるんだが…。それに、彼女のことも。」  と、優都が視線で示すと、Aラインのよく似合う彼女が、自ら名前を名乗ろうと口を開いた。 「瑞埜 澄音です。御迷惑でなければ、本日は私も同行させてください。」  丁寧すぎる申し出が来て、優都は胸の高さでパタパタ手を振った。 「迷惑なんかじゃないよ。学校の人と仲良くなる為の親睦会だし、一緒に楽しくやろう。」 「いいえ。私は学園理事の娘として、校外での活動で非行が行われないかどうか、監視させて頂きます。」 「なるほど! ですよね!」  せっかく自分から仲良くしようと言えた時に限って、こういう返答がくる。彼女の父親が学園の重役であることは以前聞いていたので、少し考えればわかることだったのだが。  優都はいつでも思慮が足りない。 (なんで俺ってこうなの…。もうやだ…。)  勇気を出して前向きな発言をした時に限って報われないのも、優都が人間関係を苦手とする理由の一つだ。 「とはいえ、言われるままに着替えたこの格好が、すでに非行の始まりのような気もするのですが…?」  瑞埜さんの的確な指摘に、答えたのは夜中 迷だ。 「あ、ご説明が遅れましたが、それはMVの撮影という建前を使う為の衣装になります! 建物の権利者には許可を得ていても、学生だけで空き家にいると、近所の方に怒られる可能性もあるので…。」  その時になったら歌って踊ってカメラを回して、文化祭の準備だと言い張るつもりらしい。  そこまでしても、どうしても肝試ししたい高校生たち。悩みのない生活を送っていそうだ。 「ちなみに優都様にもスタッフ用の衣装をご用意して来ました!」  と言って差し出された紙袋には、黒いTシャツ。優都の方は大袈裟にキグルミとかではないようなので、一安心だ。 「良かった。俺は普通の服だ。」 「本当は優都様と兎様のデュオで、執事とお嬢様のコンセプトにしたかったのですが、男子二人が歌い手で女子二人がスタッフなのは怪しまれるからと、兎様が…。」  ナイスフォロー、と優都は心の中だけで思った。もし優都が瑞埜の着ているお嬢様衣装を着せられることになっていたら、画面が残念なことになっていたところだ。 「もう鍵は開けてあるんで、一人ずつ中に入って着替えたっすよ。桜庭先輩も着替えてくるっす。」  すごく悔しそうな迷の様子を他所に、兎が優都を家の中へと招いた。  霊媒体質のお兄さんと、神を待つ少女。  そしていつでも元気な二人の後輩ズが、幽霊屋敷に挑む。  億劫な土曜日の始まりだった。  キンコンカン  と澄んだ音が聴こえる。何やら楽しげな響きだ。  玄関は天井が高く二階まで吹き抜けになっている。入り口の段差の横にはスロープが設置されていた。  向かって右手は客間なのか、外観に似合わず和室の障子が二部屋分並んでいる。  突き当たりには両開きの大きな扉。硝子が嵌め込んであるようだ。 「間取りを説明すると、一階には客間や食堂、キッチン、あとバストイレ、エレベーターがあるっす。」  執事もとい進行役の兎が説明する。 「家の中にエレベーターですか?」  とお嬢様もとい瑞埜が尋ねるという仕様です。ただのスタッフの優都と迷は、黙って後ろをついていく。 「車椅子のおばあちゃんが二階に移動する時に使う為のものかな。エレベーターっていっても小さくて、家を建てる時から設計されているものだと思うし…。」  という兎の説明の通り、家の中には親切な設計が目立つ。  階段だけではなく、廊下にも手すりがついていて、窓から入る昼下がりの陽光に照らされている。ピカピカした鉄製の手すりに反射する光が眩しい。  とても事故物件とは思えない綺麗な内装だ。壁紙は真っ白で染みひとつない。 (一見すると、普通の家なんだけど…。)  優都はじんわり頭が重い。  例によって、優都は霊障に悩まされている。 (まだ立っていられるほどだけど。やっぱりこの家、何かいる…。)  この場に真昼がいたら、ぴゃーっと泣いて頭痛いのポーズをするだけで済むのだが、今日は優都が最年長なのでそうもいかない。 (危険な場所には、みんなを近づけないようにしないと。)  と思っていた矢先、瑞埜からこんな発言があった。 「この家で本当に幽霊が出るのですか?」 「まぁ、噂は色々とあるみたいっす。でも賑やかにしてれば寄って来ないんじゃないすか? 今日は親睦会だし。」 「それでは親睦会らしく、そろそろ優都様を質問攻めにしたいのですが…。」  呑気な会話。 「なんで俺だけ集中狙い? みんなの話を聞かせてくれたらいいじゃん。」  和室の障子を兎が開けた。中には家具も何も残っていないので、広々とした四角い空間だけだ。  四隅がちゃんと確認できる、優都の自宅と同じような状態になっている。 「はい、桜庭先輩。好きな食べ物は?」 「え~。フレンチトースト…。みんなは?」 「粉物なら何でも好きっす。お好み焼きとか、たこ焼きとか。」 「よまちぃは麺類が好きです! 深夜にラーメンを食べるという背徳的行為がやめられないんですよね。」 「深夜まで何をされているんですか?」  夜更かしなんてしたことがないという顔で、瑞埜が尋ねる。どんなに怪訝な顔をしても、瑞埜は作り物のように可愛らしい。  まるで、本当に絵本の世界からやって来たキャラクターのようだ。 「知りたいですか!? ではぜひ布教させてください! 腐ると人生楽しいですよ!」  ウッカリ軽率な質問をしたばかりに、瑞埜は迷に腕をホールドされて廊下の方へと引き戻されていく。 「え。あの。ちょ。校外での宗教的布教活動は、道徳的な校風に反していますので…。」 「大丈夫です! 推しは宗教に分類されていません! マナーを守ってグッズの買い占めをしないことで、争いを自らの意思で回避することができます!」  迷の目がキラキラしている。  シンプルな服装ではしゃぐ迷と、その迷に引き摺られていくドレス姿の瑞埜。二人の性格の違いがかなり出ている。  優都と兎はその様子を見送って、顔を見合わせた。 「女子は女子で仲良くなるっすよ。それじゃあ、こっちは男同士で。」 「いきなり男だけの親睦会になった…。」  早速、一行が分断される。こういう場所では人数が減るほど良くない。 「好きな食べ物は聞いたから…。嫌いなものとか?」 「アレルギーないよ。グロいものは無理だけど。」  二部屋並んだ和室は、間を襖で仕切って繋がっているようだ。優都は廊下へ戻っていった二人を心配しつつ、並ぶ二つの和室の間を行ったり来たり。  頭痛が何処で起こるのか、確認しようと試みる。 「確かに桜庭先輩、グロいのダメそう。魚の卵とか内臓系は食べないって言い出しそうっすね。」 「料理するのは好きなんだけど…。魚も捌くのは普通にできるし。」 「へぇ、料理するんすね。ポイント高いっすよ。じゃあ、苦手なことは? 嫌いなものとか。」 「嫌いなのは勿論…。」  生きている人間と、死んでいる人間が苦手です。  ごく自然な流れで、優都のコンプレックスについて、公開する機会がやって来た。しかし、せっかく誘われた親睦会の肝試しで、霊媒体質なんで幽霊をグイグイ引き寄せてますとは言えない。  嫌われたくないから。 「えっと…。 嫌いなのは、だから…。」 「なんすか?」  兎の瞳はいつも真っ直ぐ、優都の内心を射る。 「嫌いなのは…、台所の虫とかです…。」 「正直に白状しろ。」  本心を隠したことを見抜いたのか、兎が鋭く切り込んだ。 ★★★  この間、  廊下に出た迷が瑞埜を腐らせている光景をご覧ください。 「瑞埜さんはアニメや小説に興味はありますか!? 二次元に興味がなくてもゲーム等なら始め易いですよ!」  というような声かけをしているのは、優都や兎のいる一階の和室の前にある廊下。  和室の障子と反対側には、階段やエレベーターの扉の他に広くとった窓があり、瑞埜はそこから外を見ていた。 「私、同世代の方に、こんなに熱心に何か勧められることがなくて。学校の友達が趣味や人生の楽しみを教えてくれるなんて、初めてです。えっと、嬉しい…。嬉しいんです。」  そう言われて、迷も嬉しい。  窓は丁度建物の裏手を向いている。庭に咲いた草花は、手入れする主を失って、好き勝手に陽光を奪い合っていた。ツタ植物が塀を駆け上がって、鉄格子のように一行を閉じ込めている。 「瑞埜さんは、やはり校外でのこうした活動には、おウチの方から厳しくされているのですか?」  迷は瑞埜が動き辛い立場にいると感じたようだ。学園理事の娘として、生徒の模範となるべく行動している瑞埜は、それを全く隠す気の無い態度でいる。  実はそれは同じ学年の兎や迷の耳にも、すでに届いていたのだ。 「私の態度が、周りの人の楽しい空気を台無しにしている感じ、わかりますか?」 「はい。」  と迷は即答する。  不思議と迷がそうすると嫌味を感じないのは、まん丸瞳が真っ直ぐで、明らかに迷には悪気が無いことがわかるからだ。  そういうところ、兎と似ている。  迷と兎、二人が意気投合したのには、そうした背景があるのかもしれない。  どちらにしろ、瑞埜の固い発言が優都を一度、不愉快にさせたことは事実なので、それについての迷の発言は正しい。 「そして、私の存在を迷惑そうに振る舞う人達の態度に、私も不愉快な思いをしている。たけど、これはどうにもならない。私の意思でしていることではないから。」 「置かれている環境に、抑圧を感じているのですか?」 「そう。だから私は神を待っているの。願いを叶えてくれる神様を。」 「瑞埜さんは、自由を願うのですね…。」  迷の言葉に、瑞埜の視線は窓の向こうに投げられたまま。さっきからこの調子で、一切その表情を見せてくれない。  しかし、何処か遠くを見つめる視線のまま、瑞埜はこっくりと頷いた。やはり同性同士だけだと、話し易い事があるというのは正しいようだ。  瑞埜のその本心を知ることが出来ただけでも、親睦会としての収穫は大きい。 「よまちぃ、瑞埜さんともっと仲良くなりたいです。立場とか家柄とか関係なく、楽しい仲間同士で過ごしたいという願いなら、叶えられる方を知っていますから。」  そしてその時、迷の頭に浮かんでいた人物は稲早兎だったのだが、 「それは桜庭優都ですか? やはり、あの方が神様なのですね!?」  窓から振り返った瑞埜に、勢いよく肩を掴まれて、その名前を言い逃す。 「え? …優都様ですか?」 「だって、彼は学園七不思議の怪談の通り、木曜の朝に屋上から現れ…。」  言いかけた言葉を、瑞埜はそこで止めた。迷の肩から手を離し、何か確認するように、再び窓の外を見る。 「どうかされましたか?」  瑞埜の話の続きも気になったが、それよりも外の風景に異変でもあったのかと、迷は尋ねた。 「今、庭の方から誰か手を振っていたのです。夜中さんには見えませんでしたか?」  と聞かれてようやく、迷も視線を外の雑草地帯へ向ける。しかし、そこに人影は見当たらない。  明るい外の景色。こちらは家の裏側なので、建物を囲う塀までの距離は数メートルだ。庭といっても表側ほど広くなく、人が隠れるような場所もない。  明るい陽光の黄色に、背丈の伸びきった緑の雑草。白、赤、そして桃色の自生する花に混じって、老婆は神妙な面持ちで佇んでいる。 「何か、見間違えたということはありませんか?」 「いいえ、そんなはずは…。だって、確かに、」  そこでハッと息を飲む瑞埜の声が、二人の女子高生しかいない静かな空間に響いた。  窓から離れ、瑞埜は口元に手を当てて二歩後退する。 「夜中さん…。」 「え? …え、なんですか?」  瑞埜が下がっていく方向には、入ってきた玄関があり、迷の背中側には廊下の続く先がある。 「よ、夜中さん、早くこちらへ! 後ろに何かいます!」  恐怖のあまり上手く声が出て来なかったようで、最初の音が突っ掛かる。  言われて、空き家なのでムカデやコウモリが棲んでいてもおかしくないなと思い、迷は音速で飛び退いた。 「なんですか!? 虫ですか!?」  瑞埜に抱きつくようになりながら、振り返る。  虫ではなかった。  そこに、車輪の軋む音をたてて、車椅子が停まっている。
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