廃墟の中身

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廃墟の中身

「頭痛くないすか?」  と、兎が不意にこぼすので、 「え!? 兎も!?」  優都は思わずそう口にした。 「ほら、やっぱり感じてるじゃないすか! そういうの、霊障って言うんすよね?」  的確に指摘してくる兎に、こう言われると優都は何も言えない。  頭の中では超高速で、何故兎が自分の霊媒体質について知っているのかという疑問が浮かび、それに対する答えを探す為に、これまで自分が兎の前でそれらしい態度を見せてしまったことがあっただろうかと、走馬灯のようにこれまでの学園生活が再生されていく。 「みたいなことを脳内でやってるっすね?」  兎にはお見通しです。 「ったく、桜庭先輩が霊媒体質なことくらい、最初からわかってるんすよ。言ってくれれば受け止められるのに。こっちがいくら覚悟してても、アンタが全然話さないから、今日は荒療治で肝試しに誘ったっす。」 「えええー!?」  驚愕以外の何物でもない。優都史上他に例を見ない怒涛の展開だ。  ここは霊が出現すると言われる丘の上のお屋敷で、その中にある客間の一室で、優都の霊障センサーもビンビン来ている。雰囲気ばっちし。  でも、そんなことはすぐどうでもよくなる。 「でも、兎に会ってからそんなに時間も経ってないし…。」 「だから、最初からって言ってんじゃないすか。始業式の日、旧校舎の近くにいる桜庭先輩を見かけて、最初は『あのひと体調悪そうだな~』って思ったから、声をかけようとしたんすけど。近くに寄って気がついたんすよ、祈りの言葉を唱えていること。」  思い当たることがあって、優都もその日の出来事へと立ち返る。  優都の通う学校は新ピカ校舎が二つ並んでいる。  実はまだ取り壊しの進んでいない旧校舎が、学校の敷地のかなりわかりにくい場所に建っていて、その日の優都も勿論そこが旧校舎だとは知らずに、近道をしようと側の道を通っていた。  そして、そこで霊障に悩まされたことも、症状を緩和しようと祈りの言葉を唱えたことも記憶している。  その近道はもう絶対通らないようにしようと思っているくらいなので、ばっちり覚えている。 「あの時、兎が近くにいたんだ…! 気がつかなかった。でも、どうしてそれで幽霊が関係しているなんて…。」 「何言ってんすか。旧校舎にある学園七不思議の怪談っすよ。知らないんすか? それがあったから俺は『あ、これは視えるひと!』ってピンと来たっすよ~。」  得意気に話す兎の前で、 「学園七不思議…? 怪談…?あそこ、そんな怖い話があるのか…?」  目を白くして青ざめて、紫色になっていく優都。  ニューインフォ。旧校舎には怪談があります。 「悪いけどその後、桜庭先輩と中学が同じだった人探し回って、霊媒体質のこととか調べさせてもらったっす。」  それは、ただただ稲早少年の好奇心に他ならないものだったとお考えください。 「なんでそんなことするんだよぉ。」  と優都に涙目で聞かれれば、それにはこのように答えるしかない。 「仕方ないじゃないすか。…綺麗だなって思ったんすから。」  そう説明する兎は、どこか照れくさそうで、顔を横に逸らしてしまう。 「祈りを唱える桜庭先輩が、初めて見た時、すごく綺麗に見えたから…。だからお近づきになりたいなって。こんな綺麗な人が先輩にいたら、毎日ドキドキすることいっぱいあって飽きないんだろうなって、思ったっすよ…。」  兎が説明している人物は、まるで優都とは違う人のことのようで。  そんな感覚が、真昼と話している時にもあったと思い出す。クラスメイトがそうであったように、後輩である兎も、優都という人間を受け入れる準備をしてくれている。  ただ、優都はそんなことには気がつかなくて。向けられた言葉に、顔が熱を持っていく。  嬉しいような、恥ずかしいような、舞い上がりたいような、申し訳ない気持ちだ。 「そんな風に思ってくれてたの。あぁそう…、ありがとうな。」  答えながら、やはり気恥ずかしさが勝り、優都は口元を隠した。にやけてそうな気がする。  そして、じんわり涙が出ていることを、自分でわかっている。 「俺、兎が思ってるような綺麗な人でも、面白い先輩でもないけど…。ありがと。」 「え? …まさか、泣くんすか? 俺がすげぇ深くてイイこと言った後輩みたいで恥ずかしいんすけど。」  優都はすぐ泣きます。天井にある水害で腐ったような木目の染みも、泣いている人の顔に見えてくる。  大きな口だけパクパクしていて、鯉みたいだ。 「だって、友達いたことないし…。」 「だから、俺が今からなるんすよ! てか、お友達になってください!」  そう言って、兎は手を差し出してペコリと頭を下げた。それが億劫なはずの土曜日のことだ。  その兎の潔さと勢いの良さに、優都は慌てて差し出された手を握った。白い手袋のふかふかした感触が気持ちいい。こちらもペコシと頭を下げる。 「こちらこそ…! 宜しくお願いします!」 「んじゃ、これからは遠慮無しっすよ!」 「あ! じゃあ言わないとダメかな…。ガッカリさせたくないけど…。」 「なんすか?」 「この家に入ってから頭が重くて…。たぶん、霊がいるっていうのは本当だと思う。」  要らない情報すぎる。 「おぉ…。そうやってサラッと霊感発言していくキャラなんすね。了解です。俺の知らない世界のこと、もっと教えてください。勉強していきます。」  流石に兎さんは並外れた社交性の持ち主なので、こういう情報も受け入れていけるらしい。  優都は自分が発信する霊的情報を前向きに受け入れられて育ってないので、そういう答え方をされると、調子が狂う。  下は畳。天井板には無数の顔のような木目たち。ぶら下がった電灯の紐がぶらぶら揺れている怪奇住宅。  当然、リフォームして販売されるものなので、小綺麗にされている。  その中で、いつもと違う格好をした後輩に、友達宣言をされて、優都はハートがほくほくだ。  今気がついた。兎は今日は髪型も少し違うようで、いつもぴゃんぴゃんとんがっている短い髪を、後ろに流していた。 「今日の兎はなんかカッコいいです…。直視できません…。」  大袈裟に顔の前に手をかざす優都に、兎は呑気な返事。 「やったぁ。」  それから兎は、廊下に戻っていった迷や瑞埜のいる方へと視線を投げた。 「あっちも仲良くなれるといいんすけど…。」  迷が叫ぶように瑞埜の名前を呼ぶ。  その声が聴こえてきたのは、その直後だった。 「あれ…? 今の、よまちぃか?」  その声に優都が振り返るのと同時、兎はすでに廊下へと足早に向かっている。 「桜庭先輩はそこにいてください!」 「そういうわけにもいかないだろ。」  そう言って優都が兎と廊下に出ると、迷が車椅子を追いかけているところだった。  ずいぶん古めかしい、旧型の車椅子だ。電動のレバーはついていない。  座っているのは瑞埜で、車輪を回しているわけでもなく、手は行儀良く膝の上に置かれていた。それでも勝手に進んでいく車椅子は、紫色の薄い雲に覆われている。  瑞埜の虚ろな瞳は視点の定まらない様子で、天井付近を游いでいる。向かうのは廊下の先。  窓から入る外光の届かない薄暗い奥の扉へと進んでいく。 「どういう状況?」  当然の疑問を優都が投げ掛ける。 「わかりません!」  と正直に答える迷は、今車椅子を追いかけるのに必死だ。 「庭に人影のようなものが見えたと話していた時、背後にあの車椅子が…。そしたら、瑞埜さんが急に操られるように、椅子に座ってしまったのです…!」  ありのままを説明する迷の手が、車椅子の後方についた手押し用のグリップを掴もうとする。  すると、キンと糸の張るような音がして、迷が何かに躓き盛大にすっ転んだ。 「んおぅっ。」  という可愛いげの無い声を上げて、床のフローリングに倒れ込む。 「よまちぃ!」  ダイナミック転倒。  名前を呼んで優都が駆け寄る。  その間にも、車椅子は進んでいく。大きな屋敷の長い長い廊下。  閉まっていたはずの食堂へ続く扉が、今は何故か片側だけ開いている。 「迷ちゃんを頼むっす!」  優都と迷を廊下の途中に残して、今度は兎が車椅子に座る瑞埜を追いかける。 「兎、気を付けろ! よまちぃ、大丈夫か?」  キョロキョロしながらオロオロしてあちこち気を配る優都は、体を起こした迷の足元に、白いものを見つける。 「これ…糸?」  迷は高い位置にくくったツインテールがぐちゃぐちゃだ。前に落ちてきていた髪を後ろに払い、迷も足下にあるそれを見つける。 「これが足に絡まってしまって…。でも、こんな糸、どこから…?」  一方の瑞埜は死体のように動かない。沈黙した瑞埜が、それを運ぶ車椅子が、開いた扉の中へと吸い込まれていく。  優都たち肝試しの一行以外は、今は誰もいないはずの丘の上の一軒家。そこには確かに何か棲みついていて、中に入った人間は残らず食べられてしまう。  そんな怪談が頭に浮かぶ。 「瑞埜ちゃん…! 瑞埜ちゃん…!」  追いかける兎はいつもの学生服ではなく、MV撮影という建前の為の燕尾服姿だ。胸につけた金色の飾りが、チャラチャラうるさい。  白い手袋をつけた手を、今、扉の方へと伸ばす。  その兎の努力も虚しく、車椅子に座る瑞埜の、白いドレスの背中を目と鼻の先にして、開いていた扉が閉まった。  バタン。  と、音をたてて閉まる。 「あ!」  当然、急ブレーキがかけれるわけでもないので、兎はそのまま扉に顔面から衝突事故を起こした。 「んぎゅう!」  耳を掴まれたウサギみたいな声を出す兎。後ろ向きに倒れ込む。 「兎様!」 「兎!」  今度は優都と迷がその名前を叫んで、扉の前に倒れた兎に駆け寄り、服を掴んだ。肩の辺りを、優都と迷が左右から掴み、とりあえず恐怖の対象である扉から引き離そうと、廊下を後ろに引き摺っていく。  廊下の中程まで戻って扉から距離をとってから、三人の学生は言葉を失って座り込んだ。  あまりに一瞬の出来事なので、何が起きたのか誰も把握していないまま、瑞埜澄音という存在だけが消える。 「一体、何が…どうなってるんですか?」  ややあって、最初に口を開いたのは、夜中 迷。それから優都がゆっくりと立ち上がり、再び廊下の先の両開き扉に取り付く。  ガラスの部分から本来、中の様子が見えるはずだ。しかし雨戸が閉めきられていることもあり、部屋の中は真っ暗で何も見えない。  丸いドアノブを回したり引いたりしてみるが、とても開きそうになかった。 「開かない。さっきまで半分は開いてたのに。」 「瑞埜さん、どうなっちゃったんですか?」  兎の背中を支えている迷に聞かれて、優都も答えることができない。心臓が、鼓動を早めている。  扉は手を当てるとひんやり冷たい。不思議と特別嫌な感じも怖い感じもしないものだ。 「わからない…。他に、この先の部屋に入る方法ってないのか?」 「確か、外から繋がる勝手口があったと思うんすけど。」  顔面をぶつけた兎は鼻から血を出している。  額が割れなくて良かったです。 「外か…。回り込んで中の様子を確認するしかないか…。うぅ…。」  言いながら、視界が揺れるような感覚と共に、頭に辞書を乗せたように重たい感覚がする。  優都はその場に膝をついた。  少し頭をゆらすだけでも、重心が定まらず立っていられない。霊に遭遇した時の、いつもの優都だ。 「桜庭先輩?」  優都の霊媒体質について、聞き出したばかりの兎が、不安気な様子で声をあげる。 「大丈夫なんすか? それ。」 「だいじょばないかも…。」  オデコのところを両手で押さえて、優都は頭痛いのポーズをした。 「頭痛いのポーズ。」  と説明する。  優都は歌って踊ってポーズをとって人生を歌劇のように生きている。ただし、普段は家の中でしかしません。 「瑞埜さんのことも心配ですし、早く外に出たいですが、先に優都様を休ませる場所を探しましょう。」  迷の号令に、男子二人がアイコンタクトで意見を合わせ、頷いた。  これが、一行が足を踏み入れてしまった廃墟の中身。
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