秘密基地での夕飯

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秘密基地での夕飯

 一人暮らしをしている、アパートの狭い部屋の中。優都は床に寝そべって、 (夕飯、何食べよっかな~。)  という、すごく平和な事を考えていた。  世界で一番、無駄な時間である。  とはいえ、優都本人はその悩みに真剣だ。 (料理をするのは好きなんだけど、食べるのは俺だけだから、たくさん作っても食べきれないし。かといって材料を使い余しても駄目になるし。)  結局、一人だけなら九十八円のカップヤキソバ買うのが一番安上がりだなぁ~と思ってしまう今日この頃。  なんとなく、考えたいことがあると無心で野菜を刻みたくなる優都だが、我慢するしかないと思っていた。 (お料理したいけど…、)  ふいに、思いついて勢い良く体を起こす。 「あ! そうだ!」  もう一度寝そべって、ごろんと芋転がり。壁際まで転がって移動する。部屋の隅に置いていた鞄から、銀の鍵を取り出した。 ★★★ 「優都だ! いらっしゃい!」  小一時間ほど経って、真昼がそう言って出迎えた。保存容器に入れた料理を持って、優都が秘密基地を訪ねて来たところだ。  夕飯を作って家を出て、銀の鍵を自分の家の鍵穴に挿して回すと、そこにあの海沿いの町にあった真昼オススメ物件の扉が現れるのだ。  アンティーク調のデザインのランプが、扉の横についている。アパートは同じデザインの扉が並んでいるので、そこに一つだけ雰囲気の違う扉が現れると、少し変な感じだ。  優都はその扉をノックして、真昼が扉を開けて対応した。 「真昼、急に来てごめんな! 夕飯もう食べた?」 「まだだよ。今からコンビニ行くとこ。優都も一緒に行く?」  嬉々としてそう語る真昼を、コンビニに行かせまいと、優都は相撲取りのようにプッシュプッシュで部屋の中に押し戻す。 「行かないで! 行くなら、これ!」  そして、持ち込んだ料理を差し出した。 「え? これ、ごはん?」 「ごはんときんぴらごぼう。あと、スープジャーには味噌汁。一人だと、なかなか料理出来なくて…。ついでだし、真昼の分も一緒に作ってみたんだけど。」 「え!? マジか! ありがとう!」  驚愕して感激する、結構わかりやすいリアクションの真昼に、優都は胸を撫で下ろしたい気分だった。  安堵したからといって、本当に胸を撫で下ろす人はあまりいません。 「急に迷惑じゃないか…って思ったりもしたから、喜んでくれたなら良かった。」 「めっちゃ喜んでいる僕がいます!」 「何よりです。」  お隣に差し入れするだけのことでも、ご迷惑じゃないかな、と優都は不安になってしまうのだ。  人間と人間の適した距離感は、人類が早めに紐解くべき最大のミステリーである。 「自分じゃ料理とかできないんで、すっごく助かる! あ、ごめんね。玄関先で。上がって上がって!」  そう言って真昼は扉を開いて引き入れようとするので、優都は少し躊躇った。 「あ、俺も今から自分の分食べるとこなんだけど…。」 「じゃあ、こっちに持ってきて!一緒に食べようよ。」 「秘密基地で? いいのかな…?」 「いいよ!おいで!」  めっちゃ軽率に真昼が誘ってくれるので、優都はお鍋ごと移動することにした。  黒褐色の木材で統一された、重厚感のある落ち着いた内装。キッチンスペースだけタイルが貼られている。  以前来た時は骸骨に飲み込まれたりして混乱していたので、あまり細部まで確認していなかった、真昼の秘密基地だ。  左手と奥に扉。左手は扉と並んで出窓もある。 (なんか、落ち着く雰囲気だなぁ。)  自宅よりも安堵感を覚える不思議な空間だ。まだ独り暮らしに慣れていない優都の殺風景な部屋と違い、使い込んだような家具が並ぶ秘密基地の方が、生活感が漂うからかもしれない。 「お皿とか、棚にあったかな…。」  ステンドグラスのはめ込まれたキャビネットを真昼がガサガサしているが、茶碗や汁椀、箸は出て来ない。  ひとまず、真っ白な平たいお皿にご飯ときんぴらをワンプレートに盛り付けて、味噌汁はスープ皿にぎこちなくおさまった。 「…お茶碗、買わないとダメだね。」  その凄惨な食卓を見下ろして、真昼が呟く。 「真昼、あんまりお料理しないって言ってたもんな。」 「今度一緒に買いに行こうか。」  やれやれといった感じで席につき、真昼は手を合わせた。 「いただきます。優都。」 「召し上がれ!」  真昼の軽々しい『買いに行こうか』に驚きつつも、優都も続いて『いただきます』をした。  早速、真昼はきんぴらごぼうに手を伸ばす。 「うん。おいふいお、ゆうと。」  真昼が口いっぱいのまま喋る。美味しいよ、と言いたいらしい。  ご飯はフォークよりスプーンの方が食べ易いようだ。とはいえ、優都はお箸がないと、やはりどれも食べにくい。 「良かった。やっぱり食べて貰えるほうがいいな。」 「今、いいこと思い付いた。これからは僕が食費二人分出すから、優都が僕の分のご飯も作ってくれるっていうのは?」 「え!?…いいけど、…いや、いいのか?」  予想外の提案がくる。 「アルバイトだと思って、どうかな? 浮いた食費で優都もゲームとか買えるしさ。というか、優都の生活費はどうしてるの?」 「えっと、親が送ってくれてるけど…。」  倉庫のある家に住むのが嫌だという理由で、優都は一人暮らしを始めた。当然、それを親に言うわけにもいかず、表向き独り暮らしの練習ということにしている。  まだ高校生なので、実家と同じ街の中で、学校にきちんと通いながら、アルバイトは無しで、という条件付きだ。  まだ節約のイロハを心得ていない優都は、定められた月のお小遣いで、どうにか光熱費や食費といった生活費を回している。  カラオケやショッピングなど、無駄な出費が無いことが救いだ。優都に友達がいないことが、皮肉にも功を奏している。 「じゃあ、 やっぱりお小遣い制なんだね。それなら生活をシェアして、お互いお得に節約しようよ。」  真昼からの提案は、有難いことだった。確かに優都は料理するのが好きなので、二人分の夕飯を用意することは、全く苦ではない。  浮いた食費を数ヶ月かけて貯金すれば、ゲームも買えそうだ。  しかし、その前に確認すべきことがある。 「ちょ、ちょっと待った!真昼、さっきから『買いに行こう』とか『お金出すから』とか、お金持ち発言ばっかしてるぞ!」 「え? うん。」  パクっとライスをスプーンで口に運んで、真昼は平然と頷く。飲み物が欲しくなったようで、グラスに水を入れて持ってきた。  優都にもお水くれる。 「うん。って…。」  そのアッサリした返事に、優都はパカッと口を開けたまま固まった。その優都の前に、水のグラスを置いた真昼が大人びた表情で座り直す。 「僕、今はすごくお金持ち。遺言により名高い霊能力者だった祖父の遺産が、後継者となった僕に全部転がり込んだからね。」  優都はお金のことは詳しくないので、有名な祓い屋家業の遺産がどれほどのものなのか見当もつかない。  とりあえず、必要な食器を思い立って買い揃えたり、同級生の食生活を支えるくらいは、自販機でジュースを買うくらいの感覚で出来るようだ。 「ひえ…。」  自らを『すごくお金持ち』と言い切った真昼に、優都は返す言葉がない。  そんな優都に、真昼はさらに話を続けた。 「でも、僕はそのお金や土地を押し付けられても、管理に困るだけなんだよな。それに、…」  と、何か言いかけた真昼が、そこから無理矢理べつな言葉で会話を続ける。 「そういうわけで、僕は優都の料理の技術をお金で買うって感じかな。」 「え?…う、うん。」  何かはぐらかされたような気がして、優都は違和感を感じた。流されるままに頷いてしまったことで、節約シェアの契約は成立する。 (今、真昼が何か言いかけた気がしたけど…。言いたくないから、言い直した…のか?)  目の前に座っている、旧知の幼馴染と、同じ食卓を囲んでいる。机に並ぶのは真昼の秘密基地にあった食器に飾られた優都の手料理だ。  二人が作り出した世界に居て、それなのに優都は真昼の本心が見えない。  しかし、その僅かな世界の綻びは、すぐに真昼に誤魔化されてしまう。 「あ、そうそう。僕、他にも優都に聞きたいことあったんだ。」   と、新しい話題が始まってしまう。真昼はご飯もおかずもペロッと完食して、スープ皿から味噌汁をスプーンで食べ始めた。 「あ、ううん…? うん、なに?」  優都は慌てて会話に意識を戻す。 「電子学生証の使い方、教えて欲しいんだ。僕が転校する前の学校にもあったんだけどね。祖父が亡くなって解放されるまでは、霊能力の修行で、ほとんど学校行ってなかったから。」 「あぁ、うん。それなら俺も覚えたばっかだぜ。後輩に…。」  ふいに肝試しの話を思い出して、それをすぐに頭から追い出す。  真昼が隠し事をしていても構わないだろう。優都も生活の全てを話しているわけではない。 「後輩に面白い奴がいて、教わったばかりだから…。」  言いながら、着ている学生服の胸ポケットに入っている電子学生証を、  取り出そうとしたら、無かった。 「あ!ない!」  びっくりしたので、それなりに大きい声が出てしまう。  優都が上げた声に反応して、真昼の肩がビクッと震えた。 「優都、どうしたの?」 「学生証…。どこか、落としたみたいだ。えーっと、いつから無かったんだろう?」  よく考えてみると、今朝はあったような気がする。しかし学生証を触る機会自体ほとんど無いので、標準装備すぎて、いつから無いのかわからない。 「落ち着いて。今日、落とし物するくらいバタバタ動き回ったりした?」 「いや、そんなことは…あ、」  思い返される今朝の出来事。真昼の秘密基地から学校の屋上に出校し、その先で不思議な女子生徒に出会ったのだ。  その独特な雰囲気と、交わした謎めいた会話と、それから柔らかい感触がまた記憶として戻ってくる。 (あの子にあった時だー!)  その後、優都は逃げるように階段を駆け下りたので、屋上前の四階の廊下から、二階まで下りる階段のどこかに落としている可能性が高い。 「屋上から下りてすぐの、四階の廊下か、階段あたりに落としたのかも。」 「確か、パターンロック式だったよね? 誰かに拾われても中身を見られる心配はないと思うけど…。それに、待機画面には名前と学年クラスは表示されるから、拾った人が届けてくれるんじゃない?」 「あぁ。…でも、真昼に使い方教えたいから、今すぐ必要なのに。」  優都が手を引いていた頃と違って、今の真昼は十分に一人で歩ける男の子だ。  強い霊能力を持ち、将来も安泰で、生活能力は欠片もないが、お金があるので困っていない。  そんな真昼に優都が何か頼まれることなど、この先一生かかっても特に無さそうだ。  時刻は夕飯時。おそらく校舎にはもう、誰も残っていないだろう。 「怖いけど、探しに行かないと。」 「え、今から?」  言われてもっともな事を、真昼にツッコまれる。 「危ないよ、優都。もうとっくに陽も落ちているし。それに…。」  少し躊躇いがちに、真昼は次の言葉を口にする。 「学校みたいな賑やかな場所は、集まりやすいんだよ。この世のものではないものが。」
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