学校の怪談

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学校の怪談

「真夜中に落とし物を探して学校の図書室に入ると、暗闇の中で動く人影がいる。  その人物を先生と間違えて話しかけると、何故か自分の名前を知っていて、名前を呼ばれる。  その人物は落とし物を探すのを手伝うと言ってくるが、その言葉に従ってはいけない。  素直に従うと、『貴方の落とし物はこれでしょう?』と言って、一緒に落とし物を探しに来た友人の首を引き摺って持って来る。」  という怪談をスラスラッと真昼に話されて、 「うわああああん!」  と優都は号泣した。目から滝のように涙をちょちょぎらせる。  水分補給しないと、このあと倒れそうだ。 「…っていうのは、ここじゃなくて、もっと山間部の方にある学校での怪談なんだけどね。あまりにもケースが似ているから、つい話しちゃった。」  ペロッと舌を出す真昼に、 「その情報、今いる!?」  激しく優都はクレームをつけた。 「あと、それだと危険なのお前だよ!?」  真夜中の学校に学生証を探しに来て、うっかり図書室で霊に遭遇した。  当然、ギャーッと叫んで屋上の扉まで駆け戻ればいいのだが、そうもいかないのは、その霊から学生証を取り戻さないといけないからだ。  不自然に姿を見せない月明かりに、 氷点下のような体感温度。階段を二車線にしている真ん中の白線は、途中で曲がって消えている。 「なぁ、真昼ならどうする? こういう時。霊能力の修行してたんだろ?」  人に頼ることが苦手なはずの優都だが、真昼が相手だと話しが違う。それは真昼が、幼い頃からの友達。幼馴染だからだ。 「まぁ、霊と戦うしかないね。僕達のやり方で。」  言われて優都は考える。  優都が霊障に悩む時、戦う方法は祈りだ。祈りを捧げることで霊を、 「なんていうんだろう…消す? 消す感じ?」  ちなみに真昼は霊力を集約して最小限で使う、所謂ちょい出しが出来るように修行しているので、玩具の剣を媒体にしている。 「『消す感じ?』で戦うんだね優都は。それ、僕見てみたい。」  優都の言葉を借りて真昼が口にした。  ただでさえ普段は絶対来ない場所で、普段はならない状況にいる。そこで、真昼に驚くような言葉を言われて、優都は軽いパニック状態だ。  それでも理性を手離すほどではないと思うのは、一人ではないから。  真昼がいるので、「どうにかなるのかな?」と思っている。 「見たいってなんだよ…。」  霊能力が使える真昼に自分で戦えと言われる絶望と、見たいと言われる優越感と。  優都の祈りの出所は真昼だ。幼い頃、優都の体に憑いた霊を祓ってくれていた真昼。その真昼の真似事をして自衛力を手にした優都が、真昼にそれを見たいと言われることは誉れなこと。  嬉しさ半分、怖さ半分だ。 「優都が使っている祈りの言葉、どう成長したのか見たい。」 「でも、昨日の霊も俺の祈りじゃ消えなかったし…。」 「あれは、無理だな。霊は霊でも、獣の霊。妖怪だもの。」  それから真昼は、優都の手を引き、階段の途中から踊場のところまで下りた。  霊の気配を感じたのか、視線を一度、四階の廊下の部分へと向ける。そこから距離を取るために、移動したようだ。 「廊下に出てきたね。…えっと、優都には餓者髑髏が妖怪だって話をしたよね。霊も妖怪もこの世界にはたくさんいる。人間がたくさんいるのと同じようにね。不思議な事じゃないんだよ。」  真っ直ぐ目を見て説明されると、大切な話をされているのだとわかる。兎も、大切な話をする時は、目が真っ直ぐだ。 「うん。」  触れる階段の壁すら冷たい。ザラッとした感触が背中に触れる。周囲が暗い為、視覚よりも触覚が敏感になっているみたいだ。  優都は胸がドキドキしてきた。なんのドキドキなのかわからない。 「それらの霊や妖怪は、手に触れることはできない。空気みたいにね、実体の無いものだと思われている。」 「うん。」 「でもね、実際は違う。無いんじゃなくて、手から零れちゃうくらい小さくて細かいんだ。水蒸気みたいな感じ。ホントはそこに確かに存在するし、動くと空気中の微粒子に触れて、極僅かに発電する。そして電波を出しているんだ。」  優都の頭の中に、パラボラアンテナが登場する。でもってそれが、優都の頭の上に生えている感じです。  他の人達の頭の上にもアンテナは乗っているけれど、優都のアンテナは他のどれよりも一回り大きい。  そして、妖怪や幽霊の出す、他の人のアンテナには引っ掛からない電波を、優都の一回り大きなアンテナは受信している。 「その電波みたいなのを受信しやすいのが、霊とかが見える体質ってこと?」 「うん。騒音や気圧の変化で頭痛や吐き気を起こす人がいるのと同じで、優都はその電波で体調を崩す。それが霊障の原理。」 「そんなこと勉強してたのか、真昼。」 「優都の為になるならと。途中で寝そうになるのを、必死で堪えたよ。」 「カッコいいやつ。」  真昼は優都の存在というキッカケがないと何も頑張らなかった人なので、実はあまり格好良くはない。 「妖怪でも出している電波が強ければ霊障は起きる。一方、霊でも出している電波によって霊障を起こさない奴もいる。ちゃんとわかると、怖くないでしょ?」  冷静に説明されて、優都はうん、と頷いた。 「じゃあ、さっきの霊は霊障を起こさないタイプなんだ。だって、霊だと気づかずに司書の先生と間違えちゃったくらいだし。…でも、霊障が無くても怖いことはあるだろ? 取り憑かれたらとか、呪われたらとか…。」  不安げに真昼を見上げ、優都は訴える。人が霊に対して恐怖を感じる時、何に対して怖いと思うのだろう。  どうやって殺されるのか、という具体的な想像をするわけではない。変質者や薬物中毒の症状を持つ人に、街中で出くわすのと同じような。  何をされるかわからない恐怖を感じる。  何をされるかわからないのに、命の危険が迫っているとわかる。恐怖は、未だに謎が多い仕組みだ。 「優都は自分が周りの人から見えなくなった時に、街中ですれ違った人が自分の存在に久々に気がついてくれたら、襲いかかって理由もなく殺すのかい?」  もちろん本気で言っているのではないと、わかりきった質問がくる。  答えはノーだ。 「いや、そんなことしないけど。」 「だよね。霊や妖怪もそれと同じさ。そこにいるとわかって欲しいから姿を見せる。写真に映り込む。そういうことはあっても、人を無差別に攻撃したりはしないよ。多くはね。」  この『多くはね』という言葉が肝心だ。 「もちろん、人間の中には無差別殺傷事件を起こす奴もいる。それと同じくらいの確率で、霊や妖怪にも人を無差別に傷つける奴はいる。でも、割合としては多くはない。」  心霊番組で恐ろしい霊の映像ばかり流されるのと、駅や書店でゴシップ雑誌が売れるのは同じ理由だと、真昼は続けた。 「わかる…気がする…!」  学校の授業を聞いているかのように、優都の頭にはその内容が気持ちよく入ってくる。 「真昼の教え方、わかりやすい!なんか、大丈夫って気がしてきた!」  真昼の長い説明をまとめてみよう。  つまり、今回の図書室の霊に限って言えば、霊障を起こす心配は無く、霊なら全て悪霊というわけでもないので、警戒しすぎる必要はないということだ。 「優都の祈りが十分に利く霊だ。優都の戦い方を僕に見せて。」  真昼のおねだりに、優都はよく考えてから、うん、と頷いた。 「わかった。やるだけやってみる。」  頑張るぞのポーズをわざわざして、優都は意を決して階段の上を見上げた。  そこは巨大な怪物の口の中を思わせる、ポッカリと開いた暗闇の空間だ。  図書室で出会った女の霊の姿はまだ見えない。 (大丈夫。霊障は来ない。それに、優しそうな人だったし。霊ならみんな悪い奴だなんて思っちゃ駄目だ。)  たくさんの情報を管理するのは大変なので、人は大きな枠組みで考えがちである。  子供のころ犬に噛まれたから犬が嫌い。小学校で虐めを受けたから人間は信用しない。といった感じである。  個人ではなく、ある程度大きなまとまりで思考する。  優都もその例に漏れない。昔から、霊障に悩まされがちだった優都は、少し面倒な変わった子だと思われていた。  その偏見を子供心にずっと感じていた優都は、自分から人と仲良くしたいという前向きな気持ちになれずにいる。  人間は怖い。普通にしていても、攻撃してくるのが人間だ。と思っている。  しかし、今はそうは思わない。霊ならなんでも危険だと思い込むのなら、自分のしていることは、自分に偏見を向けてきた人間たちと同じだ。  優都はそうはなりたくない。  なりたくないのだ。 (俺には全然、友達とかいないけど。人を見かけだけで判断して、相手の苦しみを想像もしないような人間にはなりたくない。)  緩やかな傾斜で、階段は上の廊下へと繋がっている。  優都は腹筋に力を込めて、背筋を正し、肺に多めに空気を入れると、段差をテンポ良くトントン上がって行った  四階の廊下は暗闇。  そこにグミベアさんの、仄かな光が闇のカーテンを裂いている。  優都と真昼がいた、階下へ降りる階段。その階段がある場所から、廊下の少し離れたところに、女性霊の姿が見えた。  真昼の言う通り、廊下に出ている。そして、先ほど図書室で出会した時とは違う様子で、ふらふらと酔っているような足取りでいた。 『桜庭クン…。桜庭クン…。』  名前を呼ばれているようだ。  その声は周りの壁に当たって反響し、何重にも響いて聴こえた。  紫色の煙のようなもやが、女の周辺を取り巻いている。  本性を現してきたというような表現をすればいいのだろうか。図書室で優都に出会った時は、もともとこの学校にいる常勤教師のようなふりをしていたが、今はそんな様子もない。  優都を探している。 『桜庭クン、ガ…。』  そこにいるのは、霊なのだと今ならはっきりわかる。そして、自分がどうするべきなのかも、優都にはよくわかった。 「ねぇ、貴方に大切な言葉をあげる。よく聞いてね。」  廊下の中央まで出ていき、思いきって、声をかけてみた。それから優都は、大きく深呼吸して目を閉じる。  真昼は何をしているのかというと、万が一に備えて優都のすぐ傍まで来ている。廊下に出ないよう気をつけながら、階段の一番上で壁に背をつけていた。  その手に重なるようにして、メッキのお星様がついた剣が見える。 「星々の全ての御使いは、我が声に答えよ。」  祈りを捧げる優都の姿を見つけたようで、女の霊は廊下を滑るように、こちらへと近付いてくる。  長いスカートが左右にユラユラ揺れて、まるでシーツを被ったオバケのような可愛らしさだ。よく見ると、さっきは生えてた足が無い。  両手を前に出し、手の甲を見せるようにしてダランと垂らす。オバケのポーズで寄ってくる。  顔は見えない。 「愛する方は傷を負われて、羊のごとく迷いて。」  優都が冷静に祈りを捧げられるのは、目を閉じていて、霊が近寄ってくる様を見ていないからだ。  これで目を開けていたら、めちゃめちゃ怖い状況なので、その場から逃げ出している。  そして、その優都の体を包み込む、淡い光。オーロラのように縦長い柱状の光が、足下から立ち上がって優都を包む。  その柱状の光とは別に、丸い火の玉のような光もあり、優都の周りを不規則に飛び交っている。  その光が何処から来るもので、何を源とする力なのか、それはわからない。 「星々はその枷を壊し、月に歌を寄せ、愛する者の安らぎを祈り賜え。」  優都の祈りが終わる頃には、その輝きは半径五メートルほどには広がっていて、廊下も天井の蛍光灯の姿が見えるくらいには、明るくなっていた。 『桜庭クン、ガ…。探してたカラ…。』  女霊は、一歩前に出て手を伸ばせば届くほどの距離まで近寄ってきている。  そして優都の作り出す光に触れると、取り巻く紫の雲が一瞬にして消えるのだ。  水が蒸発するように消える。その瞬間、女性の顔が、とても晴れやかな笑顔が、見えた。 『桜庭くんが、探してたから見つけたよ。』 「え…?」  声が聴こえたような気がして、優都は祈りを終える時に、初めて目を開けた。
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