6 “真実について”

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6 “真実について”

1 『どうもありがとうございます』 鍵を開けてくれた初老の管理人に礼を言い、 幸斗は扉を開ける。 潜上市内にある、“ゆうなぎ団地”のA棟2階。 203号室。 ここが、水死体で発見された鮎沢 蜜水の家だ。 唐橋さんの教えてくれた住所通りに訪ね、 管理人の男性に警察関係者だと伝え、少し調べたいとお願いし、部屋の鍵を開けてくれることになったのだ。 『鮎沢さんはねぇ 優しい人でねぇ 自殺だとか言われとりますがそんなことをする人だとは思えんのよ』 管理人の男性が部屋に向かいながら鮎沢 蜜水のことを話してくれた。 『だから未だに部屋もそのまんまにしてあります 鮎沢さんが帰ってくるかもと思って……そんなことはないってわかっとるんですがね』 ドアが開き、まず漂って来たのは 潮の香り。 奥からだ。 『私は下の管理人室におるので、何かあれば』 『ありがとうございます』 管理人は頭を下げてエレベーターの方に戻って行った。 ここからは幸斗一人だ。 『……失礼します』 ばたん。と扉を閉め、一応声をかける。 ……気のせいではない。 やはり、潮の匂いがする。 なぜこの部屋で……? 通常、こういう人が住まなくなった家は水の乾燥により下水の臭いが充満するものだが……? 開ける直前、管理人の方が言っていた。 “事件の後から開けてないから もう10年ぶりくらいに開けるから カギ開かないかもなぁ” ということは、この部屋には誰も出入りしていないはずだ。 だが今、幸斗は明らかに“奴”と同じ匂いを感じている。 (……いるのか?ここに) 用心しながら進もう。 心臓の鼓動が速くなる。 一歩踏み出そうとしてから気が付いた。 さすがに土足はまずいか……。 靴を脱いでから床に足を踏み出す。 幸斗の歩いた部分だけホコリが消え、幸斗の足跡を形成する。 (スリッパ持ってくれば良かったな……) 玄関には靴入れがあったが、中にはいくつかの女性用の靴が並んでいるだけだった。 スリッパを探したわけでもないし、仮にスリッパがあったとしても履きはしないが。 廊下を進む。 自分のわずかな足音すらひどく不気味に思える。 このアパートには住人も多いはずだが、 まるで図書館の中のように静かで何の生活音も聞こえない。 まだ昼間で良かった。 夜に来たら、恐怖に飲まれてしまいそうだ。 左手に最初の扉。 開くだろうか。 ぎぃぃぃぃぃ…… 兵隊人形の振り返る時のような音とともに扉が開いた。 恐る恐る中を覗く。 洋式のトイレだ。 トイレットペーパーの予備が上の棚に置かれている。 とくに異常はないようだ。 一応ちゃんと閉め直してから廊下を進む。 トイレがここなら風呂場も近そうだが……。 と、思っていたら廊下が終わり、 左右に道が別れていた。 幸斗はまず左の方に進む。 『!?』 叫びそうになるほど驚いた。 鏡だ。 自分の姿が映っている。 (驚かすなよ……) 洗面所のようだ。 横には洗濯機もあり、いくつか服が入っている。 ほとんどが女性用の服や下着のようだが、何故か男性用の靴下などもいくつか入っていた。 彼氏の物、だろうか。 洗濯機の反対側、左側には磨りガラスの扉が見える。 風呂場だろう。 不気味なことに少し隙間が開いている。 (いきなりばぁっ!ってのは勘弁してくれよ) 意を決して勢い良くガラッと扉を開けた。 まず目に入ったのは、白い床に置かれたピンク色の洗面器と その中に入ったシャンプーやリンスの容器。 これもそのままのようだ。 そして浴槽の中には、真っ黒な水が浴槽いっぱいに貯まっている。 当然、シャワーも水道も止まっているのに。 (何だよこれ……) しかもその水は潮の匂いがする。 どうやら家全体の潮の匂いの正体はこの水のようだった。 匂いからしたら海水か? 海で命を落とした人間の家に海水とは趣味が悪いが、あの管理人の仕業ではないだろう。 ましてや、地元の不良たちが侵入して悪戯……とも考えられない。 ここはずっと施錠されていた。 鮎沢蜜水が最後に生きていた時間が止まったままのこの部屋は。 一応、スマホのライトで中を照らす。 が、中は見えない。 ……水、抜いてやろうか。 そう思って栓を引っ張ろうとしたが、 恐ろしいことに栓は鎖とともに浴槽の縁に置かれていた。 つまり (じゃあこの水なんで貯まってんだよ……?) いや、やめよう 気にしたらいけない。 きっと何かで排水口が詰まっているだけだ。 そう思うことにし、風呂場を後にした。 廊下に戻り、先程の分かれ道を右側に進む。 広い。 リビングのようだ。 その奥にはキッチンも見える。 そして左側には寝室……わりと広いな。 リビングにはテレビが置いてあるくらいで、 とくに何もない。 小さめの机の上も綺麗だ。 テレビの横には大きめの茶色い熊のぬいぐるみが座っている。 大きさは、立てば人間の3~4歳の子供ほどだろうか。 背中を丸めて座るその熊の姿は心なしか寂しそうに見える。 お前も、ずっと待ち続けてるんだな。 撫でてくれて、抱きしめてくれて、 ずっと一緒にいた人を。 ……だめだ。 なんか今回の事件で人形やらぬいぐるみに感情移入しやすくなってるな。 キッチンは綺麗で、横の冷蔵庫の中も片付けられていた。 別に異常はない。 さすがに生物は管理人が処分したのだろう。 さて、残りは寝室か……。 寝室は和室のようだ。 畳まれた布団があり、奥にはクローゼットとタンス。 手前には小さな鏡台。 鏡台の反対側にはピンク色の収納棚があった。 (あっ……) その収納棚に“diary”と書かれた白いノートがあった。 diary……日記か。 適当にパラパラと捲る。 内容は様々で、食べた新作スイーツの話や 友達との旅行の話、勤めていた美容院での失敗…… 本当に鮎沢 蜜水のただの日記だった。 しかし、幸斗は捲られ、通りすぎていくページの中にある文字列を見て 慌てて捲られた数ページを元に戻す。 それは、鮎沢 蜜水に彼氏ができた、9年前の4月27日の日記にあった。 “彼氏が出来た” そのかなり下の方に、その彼氏と思われる人物の名前が書いてあったのだ。 “鵜飼 波行”(うかい なみゆき) 『鵜飼……波行……』 この男が、鮎沢 蜜水の子供の父親なのだろうか。 そんなことを考えながらその日の分から日記を読み初める。 “今日は付き合う前にも行った、さざなみ人形パークに行ったよ” 『これは……』 そこには、全ての真実が書かれていた。 2 それから1週間後の午後2時すぎ。 この7日間で兵隊人形による犯行で、にじ組児童5人と当事件を追っていた警察関係者2人が殺害された。 岬 七海は相変わらず目を覚まさないままだ。 幸斗は停車した車の中で、スマホのメモアプリとにらめっこしていた。 この5日間で殺害された7人のうち、5人はにじ組の子供だ。 男の子4人、女の子1人。 クラスの生き残りは男女共に3人ずつの6人だ。 ……おっと、奴が出てきた。 幸斗は一眼を構える。 ラブホテルから出てきた奴は女連れだった。 だが構わずに幸斗は2人の姿を撮影する。 あちこち探し回って、ようやく見つけた。 情報をくれた唐橋さんにも礼を言わなければいけないな。 しばらくして男女は最後に白昼堂々キスをしてから別れた。 女性は駅の方へ、 奴の方は辺りをキョロキョロと気にしながら ホテル街の裏通りの方へと歩いていく。 (よし……) 幸斗は車から降り、奴を小走りで追いかける。 少し近づいたところで幸斗が声をかけた。 『すみません!』 一瞬奴がびくりと肩を揺らした。 微かな反応だったが幸斗は見逃さなかった。 幸斗の方に振り返った顔は、推定40代にしては綺麗な顔立ちの細面の男性だった。 黒いスーツを着ていて身なりもいい。 すかさずその男性の名前を呼ぶ幸斗。 『橋本さん、ですよね?』 『えっ……? ああ はい そうですが』 『良かったやっと見つけた……あ、自分はこういう者で』 幸斗が男性に名刺を渡す。 それを受け取り、しげしげと眺めた男性が困惑した様子で聞いてきた。 『カメラマンさんですか……そんな方が私に何のご用でしょうか?』 『いえね、あなたの捜索願いが出されてて……あなたの娘さんの保育園と縁があり、ずっと探していたんです』 保育園、と聞いた瞬間 男性は一瞬驚いたような表情を見せた。 が、警戒は薄れた……ように見える。 身分を明かしたからか、はたまた警察ではなかったからか……。 『あ、ああ……そういうことでしたか』 『無事で良かったです しかしどこに行っていたんですか? しかもこんな場所で』 『まあちょっと付き合いで……』 『そうですか まあ無事だったので一応色々と手続きがあるので 担当の者が来るまで良ければお茶でもしませんか?』 2人はそこから歩いて10分ほどのカフェ、“アクアボックス”に移動した。 奥のテーブル席に座る。 店内は冷房が効いており涼しい。 客層は俺たち以外は携帯ゲームに夢中な男子高校生グループと、おしゃべりに花を咲かせる主婦たち、カウンター席に座る男女だけだ。 『ご注文はお決まりですか?』 笑顔で聞くウェイターの女性に俺たちは2人共アイスコーヒーを注文した。 あえてコーヒーが運ばれてくるまで俺は何も喋らなかった。 そして、コーヒーが来てから俺はカフェを見渡して呟いた。 『お洒落なカフェですね 水槽もあって熱帯魚も泳いでいる より涼しさを感じられる気がしますね』 『え、ええ……そうですね……』 何故か男性は辺りを気にしながらコーヒーを飲む。 『こちらは自分は初めてなんですが……気に入りました』 幸斗が言うと、男性も『私も初めてです』と答えた。 ……さて、そろそろ初めないとな。 『えーとまず確認なんですが、あなたが失踪中の 橋本 鳥司さんで間違いないですよね』 幸斗の問いに、男性は頷き、 『はい 私が橋本です』と言った。 3 『泉ちゃんのお父さん……ですよね?』 『ええ』 『泉ちゃんは1人っ子ですか?』 『はい』 幸斗の質問に答える鳥司。 やはり、どこか落ち着かない様子。 質問を変えるか。 『……何で、姿を消したんですか?』 『それは……』 鳥司は俯き、黙ってしまった。 黙秘を決め込む、か。 ならこっちも容赦は必要なさそうだ。 『……捜索の件の担当者が来るまで少し、昔話をしましょう』 『……』 『このカフェで昔、1人の女性が妊娠したとパートナーに告げた』 鳥司は黙ってテーブルを凝視している。 幸斗はカバンから白いノートを取り出し、 中を捲る。 『女性の名は鮎沢 蜜水 そして生まれるはずだったのは女の子で名前は両親の名前から一文字ずつ取って、“蜜波”(みつな)と名付ける予定だった』 “女の子だって言われた モニターで見てもわかるくらい身体がはっきりしてるのが私にもわかった” “波行と私から一文字ずつ取って、蜜波って名前にするつもり” 幸斗が鳥司の前でその日記を読み上げる。 僅かに鳥司が額から冷や汗を流しているのがわかる。 これはまだまだか。 『だけどその子は生まれることはなかった 何故なら母親になるはずだった鮎沢 蜜水が亡くなってしまったから』 『……何故そんな話を私にするんですか?』 少し苛立ちを見せた鳥司が怒りを含んだ口調で言った。 反省の気持ちはないようだ。 もう遠慮する必要もないだろう。 『あんたが殺したんだろ? 橋本 鳥司……いや』 幸斗が鳥司を睨み付けて言った。 『鵜飼 波行!』 4 『……!』 『あんたが鮎沢 蜜水の交際相手の鵜飼 波行だろ』 『誰ですか?それは 私は橋本で……』 『きっかけはただの疑問だったよ』 幸斗が財布からレシートを1枚取り出し、 ボールペンでそれに“橋本 鳥司”と書いた。 『失踪したあんたの名前……鳥司って、珍しい名前だって思ったんだ』 『……』 『そしてこの日記……これは鮎沢 蜜水のものなんだけど これに書いてあった彼氏の名前が鵜飼 波行だってわかったのと、鵜飼が度々“橋本”なる人物と連絡を取っていたって書いてあったのを見てまさかと思ったんだ』 幸斗が今度はレシートに“鵜飼 波行”と書いた。 『まだしらばっくれるなら俺が代わりに言ってやるよ 本当に些細な疑問のおかげであんたの名前はよく覚えていてな』 『……』 『橋本って名前も今、あんたの娘さんが殺された事件で聞いててな この日記に橋本って名前が出て来て、そこで繋がったんだ』 幸斗がレシートを鳥司の目の前に突き付ける。 『鵜飼って名前の漢字には、“鳥司”って字が入ってるだろ ただの仮説だったがそれとこの日記を基に考えたらこんなストーリーが浮かんじまったよ』 幸斗がレシートを鳥司の前に置き、 今度は日記を突き付けてこう言った。 『鵜飼 波行は鮎沢 蜜水と付き合いながら、橋本という女性とも付き合っていた そして橋本と結婚することになった しかし鮎沢にはあんたとの子供が腹の中にいた 話し合いの末、あんたは鮎沢を殺し、名前を変え、橋本と結婚し……泉ちゃんを授かった!』 幸斗がまくし立てると、 鳥司は鼻でふっ、と笑い、日記を手で押し退けてから答えた。 『ああ 素晴らしい想像力だな ……ほぼ正解だよ』 悪びれもせず、笑みを浮かべ 鳥司……もとい、鵜飼 波行はそう言った。 『てめぇ……!』 『まあ待て 話そうと言ったのは君の方だろう 私の話も聞いてくれよ』 先ほどとは違い、余裕の笑みでコーヒーを飲みながら鵜飼は話す。 『私と蜜水は彼女の店で知り合ってね 知っているだろう?彼女は美容師だったんだ』 『……ああ 書いてあったよ』 『あの美貌、あの身体 私は彼女を純粋に愛していたよ』 幸斗は掴みかかりそうになるのを必死で堪える。 何が純粋だこの野郎。 『まあそうしたら子供ができてね その辺りだったと記憶しているんだが 私は新しく別の人を好きになってね それが今の妻、零花(れいか)だ』 橋本 零花 泉ちゃんのお母さんだ。 なっちゃんなら知っているはず。 『それで上手いこと逃げようとしたんだがねぇ、蜜水にバレてしまって 話し合いをしようと言ってきたんだ それも思い出の場所のさざなみ人形パークでとか抜かしてな』 『……それで?』 『向こうは泣きながら私と娘の所に帰ってきてと言っていたよ あれはもう出産予定日の1週間前だったかな? 病院を抜け出してきた彼女はずっと泣いていたよ』 まるでいいことでもあったかのように綺麗な顔で、いい笑顔で鵜飼は続ける。 『で、それも無視していたらさ 職場に言うって言い出したから 突き落としたんだ あの公園のテラスから、海にね』 『……』 『口封じはできたがまあ色々とバレたくなかったからね 名前を変えたよ 妻は上手く丸め込み、職場や他の連中には詮索されないよう少しばかり積んだけどね』 金か。 どこまでも下衆な奴だ。 『こうして未だに私は潔白の身、橋本 鳥司として生きているわけだ』 『潔白? あんた今も他に何人も女がいるだろ? それのどこが潔白だ』 『何だ知ってたのか 今狙っているのはね』 鵜飼が答えるより早く、幸斗が言った。 『藤原 アメリアさん、だろ 藤原レナちゃんのお母さんの』 そう告げると、鵜飼は小さく拍手し頷いた。 『流石 いい勘してるね 君本当にただのカメラマンかい?』 『手口は簡単さ “大事な話”がある と言って呼び出し、娘が世話になってますから始まって……あとはあんたのトークと演技の上手さでモノにしちまうんだろ』 『よせ そう誉めるな』 『……調べてみてわかったんだけどな あんた、にじ組の子の母親の何人かとも関係持ってるんだろ?』 唐橋さんからの情報で、鵜飼がにじ組の子の母親たち何人かとホテルから出てくるところを何度か見た人がいると教えてもらっている。 『ご名答!流石だ』 『さっき一緒にいたのもにじ組の上尾 蒼太(あげお そうた)くんのお母さんだったもんな』 つい先ほどのホテルから出てきた、鵜飼と一緒にいたのは 生き残りの児童の1人のお母さんだった。 『ああ 実は最近、妻が怪しんでいてね それもあって色んな女の所に逃げていたんだが』 『だけじゃないだろ? あんたは……兵隊人形のことも恐れているだろ?』 『!』 『これも俺の仮説なんだけどな 兵隊人形ってのはあんたが殺した鮎沢 蜜水の霊なんじゃないかって思っているんだ』 突拍子のない非現実的な仮説。 だが意外にも鵜飼は真剣な表情になり、頷いた。 『君もそう思うか 私も同意見でね 私の元にも奴が現れたんだよ』 『だから……逃げたのか……?』 『ああ その日は平井 周ちゃんのお父さんがいなくてね 平井家にお邪魔していたんだ だが私がシャワーを浴びていたら兵隊人形が現れて、私のことを“ナミユキ”と呼んだのだ』 シャワー……浴室か。 現れたのが寝床じゃないのは意外だった。 『その名で呼ぶのはもう蜜水しか思いつかなくてね 私を恨んでいるだろうから私は逃げた そうしたら、周ちゃんが代わりに殺された そこでわかったよ 泉も奴に殺されたんだと』 『……』 『それからもそう、私が逃げた先の家に現れて、私は逃げる そしてその家の子が死ぬ だからわかったのだ 奴は私のいる場所に現れると ネットカフェに泊まっている日は現れなかったがね』 その日は恐らく、捜査員が殺された日が該当するんだろう。 ということは奴の殺しのルールはこうなる。 鵜飼→自分を何らかの形で見た者 の順番で優先順位がある。 最優先が親子の仇のこいつなのだろう。 『……そしてその結果わかったことがもう1つある 奴は水のあるところに現れる習性があるんだ』 『え?』 『これはカメラマンさんも知らなかったかな? 私は何度も狙われるうちに理解したよ 恐らく奴は、水から水へ移動ができるんだ』 幸斗の背筋が冷たくなる。 水から水への移動……? だが “濡れた跡” “川の付近” “貯まった浴槽” 確かに言われれば、今までの状況は奴と水は密接に関係がある……! 雨なども含めるとしたら外に現れるのも納得が行く。 『そういうことだったのか……』 『だから私は水からは極力離れるようにしている もうすぐでクラス全員のお母さんを制覇できるんだ まだ死ぬわけには行かないよ』 気持ち悪い事をとてもいい顔で言われる。 『さて、兵隊人形のことを追っているのならそろそろ私を解放してくれないか? 次の予定があるのでね』 『!』 『私がここまで君に話した理由がわかるか? そう、確かに私は不倫も殺人も犯した しかし証拠がないんだよ だから私は捕まらない』 『……ああ、確かにそうだな』 『ついでに君にも少し小遣いを恵んであげるから 妻にも黙っていてもらえるかな? 100くらいでいいかい?』 100万……口止め料か。 こうやって奴は偽名や犯罪を隠してきたんだろうな。 でも俺にそれは通用しない。 『あの日記のおかげであんたが鮎沢 蜜水を殺したとはわかったが証拠がなくてな あんたの言うように』 『だろう?』 『でも……あんたを問い詰めれば自白すると思って今日呼んだんだ ……全部聞きましたか?流星さん』 幸斗がそう言って、胸ポケットから携帯電話を取り出し、鵜飼に見せた。 画面には“守屋 流星 通話中”と表示されている。 『なっ……!』 『録音もしてある 古典的なやり方だがこうするしかなかった あんたの自白が証拠になる もう警察は呼んであるぜ』 『なるほど……最初から私に全て言わせ、証拠として残し、警察に伝える算段だったわけか……そうか』 鵜飼は笑ってコーヒーカップをテーブルに置いた、 次の瞬間 鵜飼は素早く席から立ち上がり、カフェの奥に向かって駆け出した。 『あ! てめぇ待ちやがれ!』 幸斗と、カウンター席の男女が鵜飼を追う。 この2人は幸斗に何かあった時の為に配備された警察の捜査員だ。 『くっ!』 ばん! 鵜飼がカフェの個室トイレに入り、鍵をかけてしまった。 まずい、窓から逃げるつもりか!? 『開けろ鵜飼!!』 幸斗が叫び、どんどんと扉を叩くが鵜飼は応答しない。 『はぁはぁ……』 鵜飼はトイレの窓を開けた。 よし、ここから逃げてまずは一度身を隠そう。 足を窓枠にかけようとしたその時だった。 『ナミユキ!』 『え……?』 声が聞こえた。 トイレの……便器の方から? いや違う……後ろの ぐしゃっ!! 次の瞬間、便器の後ろ、貯水タンクの蓋が持ち上がり、その隙間からオモチャの銃の銃口が飛び出し、 油断していた鵜飼の右目に刺さった。 『ぐぁっ!』 『なんで?』 ぐしゃっ!! 今度は左目を刺される。 『なんで?』 声とともに、貯水タンクの中から這い出るように水の塊が鵜飼の方に零れ出てくる。 やがてそれはオモチャの銃とくっつき、 うねうね動き、兵隊人形へと姿を変えていく。 『なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?』 グサッ! グサグサグサグサッ!!! 何度も何度も、兵隊人形は鵜飼の心臓を銃口で刺す。 鵜飼の身体が刺されるたびにビクン!ビクン!と跳ね、言葉にならない声をあげる。 その十数秒後、幸斗と男女の捜査員が扉に体当たりし、こじ開けた時には 既に兵隊人形はおらず、びしょびしょに濡れた床と便器、血塗れになり、両目が潰れた状態で床に座り込んでいる鵜飼の姿があった。 開けた瞬間、鼻に伝わる潮の匂いと血の匂い。 『鵜飼! おいあんたたち!救急車を呼んでくれ!』 幸斗は捜査員たちに指示を出し、なおも鵜飼に呼びかける。 『おい鵜飼!てめぇ何の償いもせずに死ぬつもりか!? なぁ!まだ聞いてねぇことが1つあるんだよ! 鮎沢の……腹の中にいた子供は遺体が見つからなかった!お前が殺したんじゃないのか!?』 『し、ら……ない』 『嘘をつけ……じゃあなんで胎児の遺体が見つからないんだよ!』 『わ……たし……じゃな……い……』 そこで鵜飼はその言葉を最後に、 何の返事もしなくなった。
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