7 “出産について”

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7 “出産について”

1 鵜飼の死から10ヶ月が過ぎた。 あれから、兵隊人形は現れていない。 奴の手口の殺人も起きなくなった。 しかし相変わらず七海は眠ったままだった。 事件は最悪の形で終わったが、 まだ七海は夢を見続けていた。 『なんて……ひどい話』 七海は泣いていた。 七海に見えている、鮎沢蜜水も日記を書きながら嗚咽をあげ、泣いている。 蜜水は最愛の人に裏切られていた。 鵜飼 波行は所謂、色情魔だった。 そして相手の橋本という女性が泉ちゃんのお母さんだとわかり、 同時に七海は波行のことを思い出した。 鵜飼 波行は泉ちゃんのお父さんだと。 見覚えがあるのもそういうことだった。 “橋本という人との電話を聞いてしまった” “この子の為にも波行に戻ってきてほしい” “何とか連絡がついた 今日の夜話し合いに行きます” “あの人とデートした あのさざなみ人形パークで説得したら 帰ってきてくれないかな” 泣きながら書いていた、鮎沢 蜜水の日記。 それを書いてから、通院中でもうすぐ娘の蜜波が生まれるという状況で、 彼女は思い出の場所、“さざなみ人形パーク”に向かった。 蜜水は信じていた。 波行は必ず、戻ってきてくれると。 だけど無情にも、泣いて説得する彼女に嫌気が差した波行は 日も暮れてきて閉園直前で誰もいないテラスから 腹の中の娘ごと、蜜水を突き落とした。 波行は笑っていた。 しばらく蜜水は水面でもがいていたが、 一度沈んでいったきり、二度と上がって来なかった。 ……それから、波行は橋本 零花と婚約し、 橋本 鳥司と名を変えた。 しばらく大人しくしていたが、やがて保育園の同じにじ組の子のお母さんたちを口説き初めた。 何人かは波行の新たな子供を現在も身籠っている。 『泉もお姉ちゃんだなぁ』 と、孕んだ女性たち数人に言っていた。 とても、とても気持ち悪い。 こんな話が七海の近くで起こっていたんだ。 一方で、死亡した蜜水はよほど恨みが強かったのか 突き落とされた場所にあった“兵隊人形”に 霊という形で取り憑いた。 それから9年。 あの、にじ組さんたちの遠足の日。 たまたま目についていた海藻を私がどけてしまったことで 兵隊人形……もとい鮎沢 蜜水は見てしまった。 集合写真の時に、自分の目の前に来た波行と 橋本 零花との間に生まれた泉ちゃんを。 そこで恨みが爆発した。 その夜、まず真っ先に橋本家に向かった。 家には入れなかったが、川から橋本家のトイレに移り、侵入した。 水で死んだ彼女は、身体を水のように変え、 水から水へと移動する能力を得たのだ。 しばらくは幸せそうに眠る波行を覗き込んでいた。 だけど泉ちゃんに見られた。 誰にも、蜜水は今の自分を見られたくはなかった。 醜い水死体となり、悪霊となり、人形となった自分を……。 姿を見られたことと、因縁の女性の娘という立場もあり、 気づけば『なんで?』と言いながら泉ちゃんの目を抉っていた。 この姿を見られたことと、“なんであなたは生まれられたの?”という気持ちから、 あの子の両目を抉った。 “なんで 私の大切な人を奪ったの?” “なんで あなたが生まれて蜜波が死んだの?” “わたしの あの人を かえして?” それからだ。 姿を見られた時点で、どこまでも追い詰めて その人間を殺すと兵隊人形が決めたのは。 写真も同じだ。 私を見た、写した。 その写真に写っている子供たちも、その写真自体を見た者も 全員殺さないと。 こんな姿、あの人に見られたら……。 『……そういうこと、だったの』 七海が泣きながら膝から崩れ落ちる。 しばらく泣いていると、ふいに視界が明るくなるのを感じた。 『……え?』 涙を拭う。 ここは……病室……? 今は……夕方? 七海が身体を起こす。 入院着を着ている。 私、もしかしてずっと眠っていたの? 七海は、兵隊人形に自宅で襲われ、 夢を見させられていた。 自身と同じ、妊婦である七海に知って欲しくて……。 そして今、七海は全てを知って目覚めた。 お腹が大きい。 もうすぐこの子は生まれる。 お腹を撫でてから、ふと思った。 (ゆーちゃんは?) 七海は辺りを見回した。 病室には私しかいない。 右側は窓だった。 その窓の向こうに、兵隊人形が立っていた。 雨の中、見開いた目で私を見ていた。 2 『兵隊……人形……』 動かない。 じっとこちらを見つめている。 『蜜水さん、ごめんなさい 私見ちゃった あなたの全て……』 『……』 七海は立ち上がり、窓の方に寄って行く。 すごい雨だ。 全身濡れて、まるで泣いているようで何だか可哀想に見える。 『だけど……私の大事な子供たちをあなたは殺した だから私はあなたを許すことはできない……』 『……』 『だから約束して もう誰も殺さないって 代わりにあなたの娘さんを私も探してあげるから』 結局、蜜水の娘 蜜波の遺体は発見されていない。 だから七海は探してあげようと思った。 そうすれば、彼女も少しは気持ちが晴れるかもしれない。 しかし、兵隊人形は何も言葉を返さず、 すっと後ろを向いたかと思うと、ベランダの柵を乗り越えて、どこかに走って行ってしまった。 『待って!』 七海は入院着のまま、窓を開け、ベランダに出る。 1階だ。 まだ兵隊人形の後ろ姿が見える。 人通りはない。 もうすぐ日が沈むとは言え、もし誰かが彼女の姿を見てしまったら……! 止めないと……! 七海は柵を越え、裸足のまま病院の庭を走る。 悲しげなあの背中を、止める為に。 それから10分後、 七海の病室に幸斗が入ってきた。 『なっちゃん……!?』 消えた七海、 乱れた布団、開いた窓…… 幸斗はすぐに警察に電話をかけた。 目が覚めたのか!? そしてどこに……? 予定日まで、あと1週間なのに…… 3 辺りが暗くなり、雨で全身濡れたせいもあってひどく寒い。 だが兵隊人形はようやく足を止めた。 その少し後ろで七海も止まった。 ここは 『さざなみ人形パーク……』 正確には、跡地だが。 さざなみ人形パークの海沿いのテラスだ。 兵隊人形がいた場所。 蜜水の亡くなった場所。 もうここには誰もいない。 閉園から半年以上過ぎた今、ここはただの遊園地の跡地だ。 雨で髪が顔に張り付く。 七海も兵隊人形もずぶ濡れだ。 『蜜水さん!』 呼び掛ける。 海を見つめたまま反応はない。 こちらに振り向いてもくれない。 『……』 ぎゅっ。 七海は後ろから兵隊人形に抱きしめた。 冷たい身体。 海の匂いがする。 ……しょっぱい。 涙と、同じ味だ。 『……もう、こんなこと やめようよ』 保育園で悪いことをした子供に言うように、 兵隊人形の身体を撫でながら七海が言った。 『……』 兵隊人形は何も言わず、七海の方に振り返った。 『蜜水さん……』 そして次の瞬間 ぎゅっ…… 兵隊人形も七海を抱きしめ返したのだった。 4 七海が病室から姿を消した1週間後、 自宅で幸斗は唐橋さんと電話をしていた。 『色々本当にありがとう 唐橋さん』 『いえいえ お役に立てて良かったですよ!ところで彼女さんは……?』 『まだ……かな』 『そうですか……』 なっちゃんは消えた。 あの日から、姿を見せていない。 捜索は進めているが1週間過ぎても未だに手がかりがないのだ。 兵隊人形も現れない。 本当に、何が起きているんだろう。 鵜飼が死んだ時点で事件は終わった。 ……もう一度、俺も探しに行くか。 『無事に見つかるといいですね 赤ちゃんももうすぐ生まれるんですよね?』 『ああ……』 『……ところで、赤ちゃんと言えば 例の鮎沢さんの赤ちゃんはまだ遺体見つかってないんですか?』 『みたいだね てっきり鵜飼が殺したと思ってたんだけど それについて奴は否定したからな ……何となくあれは本当のように見えた』 でも結局わからなかった。 なんで赤ちゃんは消えたんだ? 外傷もなく、どうやって…… 殺されたでも取り出されたでもないなら…… “予定日まで1週間で……” 『……え?』 待てよ……? まさか…… 唐橋さんとの電話を途中で切り、 慌てて携帯の検索サイトを開く。 そこで幸斗はあることを調べる。 そしてその表示された結果を見て鳥肌が立った。 Q&A形式の質問サイトでの内容。 “死後出産はありますか?” “はい、正確には出産とは違い 死亡した妊婦の身体が腐敗し、体内にガスが溜まり、それに押し出される形で胎児の遺体が体外に出てくることがあります” 『……産んで、いた……?』 出産とは違うが、もしこのサイトのようなことが起きていたとすれば 胎児の遺体は流され、また別の場所に……? いやそれだけじゃない もし、そんな形で生まれた胎児の方の遺体の魂も兵隊人形に宿っていたとしたら……? 『……オトモダチ』 『まだ いない まだ いない』 『いる 時に 遊ぶ わたし タノシミ』 あの発言は……! 幸斗はすぐに椅子から立ち上がり、 出かける準備をした。 (あの人形の中に娘の霊もいるんなら……事件はまだ終わってない……!) オトモダチとは、七海の腹の子のことだろう まだ いない とは まだ生まれていないから いる 時に 遊ぶ とは 生まれたその子と…… つまり (なっちゃんが危ない……!) 幸斗がドアを開けたタイミングで電話が鳴った。 唐橋さんかと思ったが、違った。 潜上署からだ。 『はい……』 『松井さんですか? 岬 七海さんがつい先ほど 遺体で発見されました』
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