第1章 覚醒編(ショタ期)

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真っ暗闇。キイっちゃんの体温と感触だけが、オレを完全に支配してる。 押入れの外のオニにおびえて声も出せない。身動きもできない。途方もなく頼りない状況なのに。その逆境が余計に、ゆるぎない圧倒的な安心感に包まれてる「幸せな感覚」を増幅させるみたいで。自分を無条件に守ってくれる他人に全てを依存して甘えるって、すごくすっごく気持ちいいんだ。ヤミツキになる。オレみたく、自立心にトボしいメンドくさがり屋なら間違いなく。 その後のオレの「セイヘキ」の行方は、この瞬間に決定づけられてしまったのかもしんない。どっちにしろキイっちゃんがキッカケなのは疑いようのない事実ってもん。うん。 「きゅうじゅきゅー、ひゃーっくっ!」 オニが意気揚々とラストカウントをコールしたとたん、オレは、ハッと我に返って。 細くて長い、大人びた輪郭のキイっちゃんの指。その指がオレの股間をジカにいじくってることに初めて気付いた。なんたるマヌケ。トートツに気付いて。ガクゼンとした。さすがに。 ……なに? なに? なんなん? そんなヘンなトコいじってんの、キイっちゃん? なんでなん? 頭の中にビックリマークとハテナマークがいっせいにポンポンはじけ飛んだ。フライパンの中のポップコーンみたいに。 ……だって、そこ、おちんちんだよ。オシッコ出るトコロだよ。はずかしいよ、そんなトコ。そんなトコいじっちゃダメなんだよ。おかあさんが、ゆってたもん。だから、ひとまえでは、めったなことでパンツはぬいじゃいけません、って。おかあさん、そうゆってたもん。すごくタイセツなことです、って。オレがヨウチエンにあがるまえに、そうゆってた。小がっこうにあがるまえにも、おんなじことをゆってたもん。キイっちゃん、しらないの? ひとのおちんちんは、いじくっちゃいけないんだよ。だいち、オシッコの出るとこなのに。きたないよ。ほら、もぉ。キイっちゃんが、ぐにぐにって、ゆびでいじくるから。おちんちんが、くすぐったいみたいな、ムズムズかゆいみたいな、あっついみたいな。ヘンなかんじするんじゃん。どうすんの? やだよ、キイっちゃん。おちんちん、さわんないでよ。おちんちんがヘンになっちゃったら、どうすんの? やだよ、オレ。 めいっぱい抗議したかったけど、押入れのフスマ戸の外のすぐ横には、オニのカズくんがいる。 そんときオレの思考回路は、「丸出しのおちんちんをキイっちゃんにグニグニいじくりまわされてるのを見たら、カズくんに、どんなふうに思われちゃうんだろう?」って。そっち方向に急カーブでスッ飛んで。 元旦の朝、みんな集まっておせちを食べてたとき、カズくんちのおばさんが言ってたんだ。 「一博(かずひろ)ったら、アイドルの女の子の水着のポスターを部屋に飾ってんのよ。急にマセちゃって、最近」 大人たちは、みんなアハハと笑って。カズくんは、「余計なこと言うなよ」って顔で、隣のおばさんをにらんだ。ちょっとホッペタを赤くして。 本家のマゴムスメが、 「水着のポスターだって。カズ兄ちゃん、エッチだー!」 わざとらしくカン高い悲鳴をあげた。女のコってさ、子供のころからアザトいんだ。無自覚だとしたら、根っからアザトいイキモノってことだ。多感なお年頃の男子を平気でアゲツラって、自分の存在感を強引にアピールするんだから。女のコは、いつだって、どんなにマセた男子よりも精神年齢が上なんだって。それを遠まわしに思い知らせようとしてるんだ、きっと。ダレカレかまわず。無意識のうちに。 カズくんは、いい迷惑。ホッペタをますます真っ赤にして。今にも湯気がフキ出しそうに。カズくんが恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、お屠蘇で酔っぱらってるオレのオヤジや、おじさんたちは、なおさらカズくんをからかう。 「なに言ってんの、ユキちゃん。男は、みんなエッチなんだぞー。ユキちゃんも気をつけろよ」とか。 「一博は、父ちゃんゆずりで、女泣かせになりそうだなぁ。あやかりたいもんだ」とか。ガキだったオレには意味が分からなかったけど。カズくんちは、オヤジさんの浮気が原因で、その何年か後に両親が離婚した。 カズくんのバツが悪そうな顔がフラッシュバックみたいに頭をよぎる。いたたまれそうにモジモジしながら、うつむいてノロノロとお雑煮をすすってた、真っ赤な横顔。
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