第1章 覚醒編(ショタ期)

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その次の年のお正月、キイっちゃんは仙台んちに現れなかった。 1年間のうちにますますナマイキな口ぶりに磨きのかかった本家のマゴムスメのユキちゃんが、 「キイっちゃん、コーコージュケンに失敗したんだよね。だからウチに来なかったんだよね」 と、年越しソバを囲んだ居間の食卓で得意げに言った。まったくダシヌケに。トートツに。 ユキちゃんのおばさんは、血相を変えた。 「ユキ! バカっ! あんたは、ホントに余計なことばっかり!」 ユキちゃんは、プーッとホッペタを真っ赤にふくらませて、みるみるうちに涙目になった。マセた女のコだから、親戚一堂の前で叱りつけられ恥をかかされたたことがキマリ悪くて仕方なかったんだろうけど。 一番キマリが悪かったのはキイっちゃんちのおじさんだと思う。素知らぬテイを装った顔でテレビに目を向けたまま。ハデな衣装で歌う女性演歌歌手のステージを眺める横顔に、中途半端な苦笑いが浮かんでた。 キイっちゃんちのおじさんは、ウチのオヤジの兄ちゃんだ。5人兄妹の一番上がキイっちゃんのおじさんで、末っ子がウチのオヤジ。キイっちゃんのおじさんは長男なのに、埼玉の川越の呉服屋さんだとかに婿入りした。だから、名字が「一之瀬(いちのせ)」。ウチとは違う名字なんだ。ぶっちゃけ、うらやましい。オヤジも、オフクロんちに婿入りすればよかったのに。 初対面の相手にオレが自分の名前を名乗るたび、もれなくナマヌルいホノボノとしたフレンドリーな視線を返されてしまうのは、この名字のせいなんだから……よりによって「小熊(こぐま)」なんて名字。モコモコの毛のカタマリでできたヌイグルミ的な生物なり物体なりを連想せずにはいられまい、誰だって。このマッタリした語感。 もっとも、オヤジの話では、キイっちゃんのおじさんは若いころ悪さばっかりしてたから本家のじいちゃんにカンドウ同然に家を追い出されて、仕方なく嫁さんの実家に婿入りすることになったとかで。だから、おばさんちにアタマが上がらないらしい。 年末年始も、キイっちゃんのおばさんは仙台に顔を見せない。じいちゃんの葬式んときも来なかったし。家業が忙しいからって。キイっちゃんのおじさんは、いつも申し訳なさそうにみんなにイイワケしてた。 ウチのオヤジは、ヘラヘラと手酌で冷や酒を注ぎながら、 「あんなぁ、ユキちゃん。甲子園の優勝投手はプロ野球では大成しないってジンクス、知ってっか? 若いうちにあんまり仕上がっちゃうと、オトナんなってから中途半端になっちゃうの。貴一(きいち)は、今のうちに挫折の味を知っとくのが正解。大物になるぞぉ、アイツは。末は博士かソーリ大臣か。ユキちゃん、今のうちにツバつけとけ。イトコ同士は一番グアイがいいって言うし……」 と、空気の読めないタワゴトを吐きかけたら、カズくんちのおばさんがテーブルの向かい側から身を乗り出して、オヤジの手から一升瓶を取り上げた。 「子供たちのいる前でヘンなこと言わないでよ! もう、陽司(ようじ)ったら……あんた昔っから、お酒呑むと下品なことばっかり。本当に相変わらず」 かなり濃く描いたマユ毛を思いっきりしかめて。でも、小熊家共通の特徴らしいクッキリした二重マブタの目は不思議と楽しそうに笑って見えた。 とたんに、本家のおじさんや、いつも物静かなキイっちゃんのおじさんまで大きな口を開けてケラケラ笑い出した。 郡山のおじさんが、オヤジに負けないくらいユデ上がった顔をニヤつかせて言った。 「なんだ、ユキちゃんは貴一くんの玉の輿に乗るんか。んじゃあ、ウチの詩織(しおり)は、一博(かずひろ)くんとこの嫁にもらってもらうかなぁ。イトコ同志がいいってんのなら」 「だけど、綾子(あやこ)が姑になると、詩織ちゃん、たいしたウザネハグっぞ、きっと」 「だなぁ。綾ちゃんは、わりとインピンカダリだもんな」 本家のおじさんのチャチャに続いて、キイっちゃんのおじさんがポツリとアイヅチを打った。少し方言がまじってきたのが、おじさんたちも酔ってる証拠だ。 「失礼ね、兄さんたちまで!」 カズくんちのおばさんはオオゲサに怒鳴ったけど、すぐに一升瓶をキイっちゃんのおじさんのコップにかたむけてナミナミと注いでやりながら、 「あたしは優しくていいオシュウトメさんになるから、安心してお嫁さんにいらっしゃい、詩織ちゃん」 と、明るく笑った。 良く似た二重マブタの目をした他の4人の大人たちも、いっせいに笑った。 当のシオリちゃんは、シラけきった顔つきで立ち上がって、 「あたし、紅白あきちゃったから。向こうの部屋のテレビでジャニーズのカウントダウン見てもいい?」 スカートのプリーツの乱れを両手で丹念に直しながら、つまらなそうに聞いた。 すかさず返答したのは、オレのオフクロで。 「そうね。うちの聖司(せいじ)も一緒に連れてってもらっていいかしら、詩織ちゃん。V6が好きなんだもんねぇ、セイちゃんは」 そう言うなり隣のオレの椅子をガタガタと引いて、強制的にテーブルから引き離した。 「ほらほら、詩織ちゃんと一緒に向こうのテレビ見てらっしゃい。ティガに変身するお兄さんが出るわよ。ティガのお歌を歌うんだから。セイちゃんの大好きなティガ。奥のお座敷もエアコン付けっぱなしのはずだけど。寒かったらハンテン着せてもらいなさいね」 きっとオフクロは、我が子に、これ以上ヘベレケの父親の品のない言動を見せ付けるのは教育上よろしくないと判断したんだろう。 そっと肩を押し出されて、オレは大人しく椅子から飛び降りた。ピョコンと。
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