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「……ユキちゃんって、人のウワサ話ばっかりして。あたし、イヤ」
控え目な音量のテレビ画面をじーっと眺めたまま、シオリちゃんは、トートツにつぶやいた。
「ユキちゃんのおばさんがオシャベリだから。ソックリなんだよね、ユキちゃんも」
オレは、当惑した。だって、ユキちゃん母子のオシャベリに対してなんら所感もなかったし。それ以前に、シオリちゃんの口調はヒトリゴトめいていたし。あえてアイヅチを打つ必要もないんじゃないかとも思って。
両手の先っぽから長くはみ出た大人用のハンテンのソデをモゾモゾとコスリ合わせながら、シオリちゃんの表情を上目づかいに盗み見た。
色とりどりのスポットライトが交差する、アイドルグループのライブステージ中継が流れるブラウン管の光を照り返して、シオリちゃんの横顔はチラチラ輝いて。色とりどりに。ツクリモノみたいに綺麗に見えた。
「セイちゃんは違うよね。セイちゃんはユキちゃんみたいにオシャベリじゃないもんね? ……秘密を守れるもんね?」
シオリちゃんの問いかけは、やっぱり自問自答めいていて。オレをますます戸惑わせる。
ぶっちゃけ、もう眠くなってたし。せっかくの大晦日だから年越しの瞬間まで起きていないと、なんだか損をした気分になりそうだから、どうにかガンバって目を開けてるだけで。頭の中は完全に省エネモードに入って。思考能力も60パーセントくらいはダウンしてたし。
「ねえ、……聞いてる、セイちゃん?」
座布団の上できちんと正座したまま、シオリちゃんは、クルリと首をこっちにひねった。
あ、なんだ。やっぱり、ヒトリゴトじゃなかったの、さっきの。
「うん。聞いてるけど……」
けど、眠いんだ、オレ。すっごく。
立てた両ヒザを抱えこみながら布張りの座椅子の真ん中に丸まって座ってたけど。フラフラと左右に体が揺れてきて、ついにコロンと横に転がった。ヒジ掛けに頭をもたれかけると、えらくラクチンで。自然とマブタが重くなる。
シオリちゃんは「はぁー」と大人びたタメ息を一つついた。
「大晦日なのに。V6、見逃しちゃうよ?」
「ぶいしっく……?」
「ウルトラマンティガの歌。見たいんでしょ?」
「うん、見たい。ティガ……」
見たいんだけど。目が開かないんだよオレ。ねえ、シオリちゃん。
「しょうがないなぁ。じゃあ、V6が出たら起こしてあげる」
シオリちゃんの声が耳のそばに近付いてくると同時に、体の上に柔らかい布がフワッと覆いかぶってきた。座椅子の背もたれにかけてあったヒザ掛け毛布。ヌクヌクした温もりにくるまれて。「ふわぁー」とデッカいアクビが出た。
シオリちゃんは、「ふふふ」と笑った。大人の女の人みたいな笑い方で。オレは、ちょっとドキッとした。なんか分からないけど、シオリちゃんが知らない別の人になっちゃったみたいで。ちょっと怖かった。
「セイちゃん、赤ちゃんみたい」
「赤ちゃんじゃないもん、オレ」
「うちのお母さん、来年、赤ちゃん生まれるんだよ。弟がいいな、あたし。セイちゃんみたいな弟」
シオリちゃんは、オレのホッペタをフニフニと突っついた。
「……セイちゃんはさぁ、ユキちゃんとあたし、どっちが好き?」
「…………」
「ねえ、セイちゃんってば。起きてんでしょ?」
「ん、……ううん」
「うそ。起きてなかったら返事できないじゃない」
「…………」
「どっちが好き? 正直に答えて」
「んぅー……」
もう。なんなの? 急にヘンなこと聞いて。おかしいよ、シオリちゃん。さっきゆってた“ひみつ”って、それなん? ヘンなシオリちゃん。
オレは、かたく目をつむったまま、ムニャムニャと身じろぎして顔を伏せた。でも、ウナジのあたりに強烈に視線を感じて。
「あたしの方が好きだよね?」
……それってユードージンモンだよ、シオリちゃん。
まあ、ナマイキでキャンキャンうるさいユキちゃんよりか、シオリちゃんの方がダンゼン「まし」だから。オレは、座椅子のヒジ掛けに顔を押しつけたまま、コクンとうなずいてみせた。
シオリちゃんは、「ほーっ」とタメ息をまたひとつ。オレの後頭部をゆっくり手の平で撫でた。髪の毛の流れに沿って、何度か。優しく。
「キイっちゃんだってさぁ……」
言いかけて、シオリちゃんは、また「はーっ」とタメ息をついた。今度のタメ息は、なんだか芝居がかった響き。そう子供ながらに感じて、オレ。背中がムズムズした。だから、必死で寝息をたてるフリした。「すうー……すぅー……」って。呼吸のストローク長くして。
「……ユキちゃんなんか。キイっちゃんが高校受験に失敗したなんて、みんなの前で悪口言って喜んでんのに。それなのに、セイちゃんのおじさんったら、ユキちゃんにキイっちゃんのお嫁さんになれだなんて。あたし、そんなの許せない」
ヨッパライオヤジが余計なタワゴトを言ったせいだ。シオリちゃん、珍しく不機嫌な声。
オレは、ひたすら寝たフリを決め込む。
「すうー……すぅー……」
実際、体はグッタリして動かなくて。完全に休止モードに突入してて。けど、頭のカタスミだけはシオリちゃんの声を聞き逃すまいとして、ミョーにハッキリと、サエザエと、覚醒してた。ああいう状態をカナシバリって呼ぶのかもしれない。今になって思い返せば。
「キイっちゃんだって。ユキちゃんなんかより、あたしの方が。絶対……」
「すうー……すぅー……」
「だってね。前のお正月のとき、キイっちゃん……あたしにキスしたもん」
「…………」
「絶対に内緒。秘密だよ、セイちゃん」
シオリちゃんの声は、かすれるほど小さくて。恥ずかしそうで。でも、それ以上に得意げで。自慢げで。本当は、だれかれかまわず言いふらしてまわりたいのが本音だろうって。そんな風に感じずにいられなかったのは、まだ純情可憐なガキだったはずのオレの中に、女のコというイキモノに対するバクゼンとした見当違いの対抗心がすでに芽生えはじめてたからだろう、きっと。
けど、そのときのシオリちゃんの本音に対するオレの憶測は見当違いじゃなかったと思う。多分。
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