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母の不在
小学中学年にもなった頃、母が外せない出張で1日家を空けることがあった。
祖母はこれみよがしに母への文句を一日中私にぶつけた。
「小さい子どもがいるのに、よく放って外泊なんてできるわね。」
「ごはんも子供の世話も全部私におしつけて、図々しくもまぁよくそんなことができるわ。私が優しいから何も言わずにやってあげるけど。」
「あんなお母さんになったらあかんよ。」
おやつを食べている間も文句を聞き続け、食欲をなくした私は、食べ残してテレビを見始めた。
弟の食べ残しなら、口へ運ぶ祖母が、食べ残しをゴミ箱に捨てた。
夕方、花の水やりをしている私の元へやってきた祖母は、また母の文句を言い始めた。
普段は聞いてるだけの私も、その日はいつもと違いイライラしていたのだと思う。
「いい加減にして!お母さんはお仕事でしょ!」
母親への文句を聞かされ続けた私は、はじめて我慢も限界になってしまい、ホースをその場に落とし、走って祖母の元へ行き、その言葉を言うと同時に背中をたたいた。
言葉だけではおさまりがつかず、つい手が出てしまったのだった。
もちろん祖母は激怒した。
「信じられないわ!目上の者に暴言だけじゃなくて、手まで出すなんて、お前は母親にどんな育てられ方してるの!」
手が出てしまったバツの悪さに私はその場を猛ダッシュで離れた。
叩いてしまった興奮が落ち着いてきた私は、無償に母と話がしたくなった。
緊急連絡先のメモを渡してくれていたことを思い出して、私はそのメモに書かれた電話番号に連絡をした。
携帯が普及していない当時、つながった先は宿泊先のホテルだった。
私はしゃくりあげを何とか抑えながら、母に取り次いでもらうようお願いしたが、母は宿泊していないと言われ、電話を切られた。
しかし少しして、電話がかかってきた。
電話に出ると受話器越しに母の声がした。
会社名でホテルを予約しており、個人名を探すのに時間がかかったため、折り返しになったようだった。
「ホテルに電話した?どうしたの?」
「……おばあちゃんとケンカしたの。」
泣きながら言った私へ、数秒の沈黙の後、大きな笑い声が返ってきた。
「えぇ、ケンカ!?たったそれだけで電話してきたの?
ホテルの人、子供が泣いて電話してきたから大変なことがあったんじゃないかって、お母さんのこと探してくれたのに。ただのケンカ!?悪いことしたわー。後で謝らないと。」
誰のせいでこんなことにという思いもあったが、ただ笑いながら、ホテルのことばかりを気にする母に私は愕然とした。
「おばあちゃんに、謝りなさい。そうしたら許してくれるから。明日帰るから、それまでおばあちゃんの言うことしっかり聞いて、良い子にしてね。
それじゃあね。」
何があったかを聞くこともなく、母は言いたいことだけ言って、電話を切った。
私だけが謝らないといけないことに納得がいかなかった。
その日は祖母に会いたくなくて、夕飯も食べず眠った。
祖母も夕飯に私を呼ぶことはなかった。
翌日、母が帰宅した。
何やら祖母と会話した後、怖い顔をした母が私の元へやってきた。
「ちょっと来なさい。」
私は腕をきつくつかまれて、母の仕事部屋に連れて行かれた。
「おばあちゃんを叩いたの?」
「…だって、おばあちゃんが…」
「だってじゃないでしょ!叩いたのに謝りもしないで、今までいたの?早く謝りにいきなさい。」
「…だって…」
「だってじゃない!叩いたら、叩いた方が悪いの。」
手が出ると、その原因なんて関係なく、手を出した方が悪いのだ。
母の中ではただそれだけになってしまうのだ。
理由なんてどうでもよく謝れとすごんでくる母に私は悲しくなった。
なぜ私が謝らないといけないのか。まったく納得ができなかった。
祖母の元に引きずられて行き、納得できないまま泣きながら祖母に謝った。
祖母は、こちらを見ることも言葉を発することもなくその行為を受け入れた。
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