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母と姉と私
『お相手の人、高校生のとき、運動部やったらしいよ。あんたと同じやね。いい感じちゃう?』
「いや、さすがに無理があるでしょ」
お母さんからのメールに溜息がもれる。
電話でお見合いを勧めてきて以降、こんな風に相手のおすすめポイントを送ってくる。休日には、電話で怒涛のトークを繰り広げてくるのだからたまったものじゃない。
その都度断っているし、興味もないと言っているのに、何故だか全く理解してもらえない。自分の都合の悪いことは聞こえないように、耳に蓋でもついているのだろうか。
それにしても、同じ運動部といっても種類が多すぎる。私は陸上部だったが、相手がもし弓道部とかだったら、話が合う気がしない。
なにより、今このメールを見ているのは平日の朝の7時。つまり朝の準備中。化粧下地を顔に塗り終わったばかりだ。
『だから興味ないってば』
それだけ返信して、支度を再開した。
シュー、シュー、シュー。
さっきまで四角かった紙が、短冊状にスライスされて、長方形の隙間の先へどんどん消えていく。
週に一度、事務所で不要になった書類をシュレッダーにかけている。個人情報などが載っているためごみ箱には捨てられないものを集めて処理するのだが、私はこの時間が好きだ。
シュレッダー本体は事務所横の廊下の突き当りの薄暗いところに設置されているので、基本的に人は来ない。業務中に息抜きするにはちょうどいい環境だ。しかも、単純の作業の割には、一週間分の書類となると意外と時間が取られるので、やりたがる人は少なく、私がすすんでシュレッダーをかけることは怪しまれない。
書類を全て処理するとダストボックスは満杯になり、それを外のゴミ捨て場まで持っていく。そこまでがこのシュレッダーを使った者の仕事だ。
いつも通り満杯になった残骸を袋にまとめ、事務所に「シュレッダー捨ててきます」と声をかける。
すると同じ事務員である上野さんが、
「さっきから携帯のバイブレーションがずっとなっていますよ」
と教えてくれた。
かばんの中を見ると、お母さんから十件以上の着信が入っている。
「ありがとうございます」
「いえ」
この上野さんも、五百蔵さんに負けず劣らずの無表情だ。初島さんの件のときに事務所にいたのもこの人だが、あれ以来、表情の無さに磨きがかかっている。どちらかというと死んだ魚の目に近い。
「ちょっと、出てきます」
私はスマホとパンパンに膨らんだ袋を持って、ゴミ捨て場に急ぐ。
こちらの都合など考えずに連絡をいれてくる母親だが、仕事中に、しかも十件以上の着信を残すことなんて今までなかった。
――もしかしたら、何かあったのかもしれない。
嫌な想像ばかりが浮かんでは消えていく。
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