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ロビーを速足で駆け抜けながら思ったことは、このパンプスを選んで正解だった、だ。ヒールが低いお陰で靴音が響かない。いざという時のために選んだけど、まさか自らそういう状況を作ってしまうなんてあの時は思いもしなかった。
城門さんのバイクをダサいと言い、他のバイクをおはぎに例えたことで気が晴れた半面、人が愛しているものを馬鹿にしたという罪悪感もある。部屋に残してきた二人が、私の言ったことをどう感じるか分からないが、少なくともいい気分にはさせていないだろう。今更訂正はできないし、吐いた言葉は決して消えない。どうやら私は心の中に溜め込んだものを放出するとき、遠慮という言葉を忘れるらしい。箍が外れるというか、理性が薄くなるというか。どちらにしても迷惑な悪癖だ。
あと、最後に置いてきた一万円。あれだけのメニュー数を注文したんだから、たぶん足りない。
次に五百蔵さんに会ったときに色々と謝ろう。足りない分のお金もちゃんと払わないと。
彼は仕事に感情を持ち込まないタイプみたいだから、業務に支障はないと思うが、きっと向けられるであろう冷たい態度を想像すると、やはり少し憂鬱になる。
ホテルの入り口にドレスアップした女の子たちが集まっている。全員大きな紙袋を持っているから、結婚式の帰りなのだろう。きらびやかな集団の中で、ひときわ目立つドレスの子がいた。青と銀のストライプの柄に、裾には黒のレースがついていて、その子が楽し気に笑うたびにドレスが揺れる。それはまるで水の中を漂っている魚のようで。
さかな?
「あ」
漏れた声が思っていた以上にロビーに響いてしまい、私は顔を隠してその場を離れた。
ドレスを見て思い出した。カツオライダースの由来を聞き損ねた。
「……もうええわ」
最後の最後でどっと疲れてしまい、私はここまでの道のりを来た通りになぞって帰った。
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