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去年作ったはずの分担表を保存ファイルから探す。〈夏祭り掃除表〉という名前のファイルを開くと、西暦ごとにデータが残っていた。毎年作成しているが、年に一度しかやらないこともあり、あまり印象に残っていない。
クリックをする度に「あー、そうそう。ここに入ってた。はいはい、こんな表だったな」と糸を一本ずつ引っ張るように記憶を呼び起こしていく。表を確認している限り、今年も大きく変えなくて良さそうだ。
そういえば、去年はゴミの分別がなってないって一部の管理職から大目玉をくらったんだっけ。そこからどんどん話が派生して結局「掃除マニュアルを作れ」って話になって。あのときは色々面倒だった。
とりあえず今年の分担表には「掃除マニュアルも参考にしてください」って、一言添えておこう。
キーボードを叩きマウスを動かしているうちに、あっという間に出来上がる。必要部数を印刷し、各部署に配ればとりあえず完了だ。
印刷したものをクリアファイルに入れていると、内線の電話が鳴った。
「はい、上野です。はい、はい……確認しますのでお待ちください。あの、小森さん、菊田さんからなんですが。夏祭りの小道具について確認したいと」
「分かりました、代わります」
自分のデスク横の受話器を取り、赤く点滅する二番のボタンを押す。
「代わりました、小森です」
「あー、ごめんね。忙しいときに」
「いえいえ。それで夏祭りの小道具がどうかされましたか?」
「いつもうちのリハ科とデイで出し物してるでしょ。今年も同じやつにしようと思ってるんだけど」
「ああ、時代劇ですよね」
「そうそう。あの衣装って倉庫にあるんだっけ」
「はい。保管してるはずです」
「じゃあちょっと確認したいから、倉庫の鍵を用意しといてくれる? 後で取りに行かせるから」
「わかりました」
デイとは通所介護サービスのことで、デイサービスやデイケアのことを指す。朝から夕方まで施設で過ごし、食事や入浴、リハビリ等を受けてもらう。毎日数十人という利用者が出入りし、しかも顔ぶれも日々違うので、デイを担当している職員は、出来るだけ早く個人について把握しなければならない。
用は記憶力の良い人たちが多く集まっている。
その特性を活かして、デイの職員たちは演劇を披露する。脚本は、時代劇好きのデイの主任が毎年新作を書き下ろすのだが、あらすじが凝っていて、台詞回しも時代劇ドラマ顔負けだ。
最近では昔ほど時代劇が流れていないので、特に若い新人職員にとっては慣れないようだが、そこは持ち前の記憶力でカバーしているらしく、夏祭りの出し物の中でいつも大盛況だ。
ただ、他の出し物よりも人員が断然必要なので、デイルームの隣に部屋を構えているリハビリ科は半ば強制的に協力を要請されている。
倉庫の鍵を鍵置き場から出して菊田さんを待っていると、何故か五百蔵さんがやって来た。
「すみません。倉庫の鍵取りにきました」
そういえば菊田さんは「取りに行かせる」って言ってた。しかもこういう役回りは大抵下の者がやるのが世の常だ。五百蔵さんは悪くない。私が勘違いしただけ。でも、心の準備はしていなかった。
「これが倉庫の鍵です。ドアノブが少し回りにくいので開けるときには気をつけてください」
「倉庫ってどこにあるんですか」
「え、聞いてませんか?」
「菊田さんからは小森さんに案内してもらえって」
今ならオーマイガーとすごくネイティブな発音で言えそうだ。
「……わかりました。では、案内しますーー」
「あの、小森さん」
上野さんが青いペンを握ったまま声をかけてきた。きっと引換券のイラストを描いている途中なんだろう。
「僕が行きましょうか」
「大丈夫ですよ」
「でも」
「とりあえず私の業務は落ち着いてますから」
よく考えれば、五百蔵さんと二人で話せる機会なんてそうそうない。これは五百蔵さんに昨日の中華料理店での悪態を謝罪するチャンスだ。
私は上野さんの申し出を断り、五百蔵さんを倉庫まで案内することにした。
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