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「あ、もしかして新しい人、来てた?」
課長が呑気な顔をしながらコーヒー片手に戻ってきた。
「はい、来られました。すみません課長、ちょっと席を外します」
私はかばんの中からスマホを掴み、そのままトイレに直行した。
個室に入り、すぐに<目指せ!至高のアイドル>を立ち上げる。事務所からここまで大した距離でもないのに、息があがる。
ゼーハー言いながら立ち上げた画面の中には、いつもと変わらないハルハルがいた。
「……うん、安定の可愛さ」
今まで集めたスチルのハルハルを見ながら、息を整える。そして、先ほど現れた三次元の男の顔をゆっくり思い出してみる。
くっきりとした輪郭に、少し丸い鼻先、幅の狭い二重の目は少しタレ気味。
記憶の中でも、カーボン紙で複写したのかと疑うくらい顔が似ている。唯一の救いはハルハルが天使のような金髪で、五百蔵さんは一般的な黒髪ということだ。
だけど、ほんの少しだけ、ハルハルがとうとう次元を越えたのかと焦ってしまった。
絶対にありえないのは分かっている。分かってはいるものの、似すぎているのだ。
しかも身長まで一緒。
ハルハルと同じ高さの物体なんて自動販売機くらいだと思っていたのに。
トイレの外の廊下がにわかに賑やかになる。少しずつ職員が出勤してきているのだろう。いつまでもここにいるわけにはいかない。
アプリを消してスマホを制服のポケットに入れ、静かに深呼吸する。
昨日プレイしたメインストーリーが良すぎて、私の脳にハルハルが刻まれすぎた。その結果、高身長の男性を見ただけでハルハルに変換したんだ。
うん、そうに違いない。
個室から出て、手を洗っているとリハビリ科のリーダーの菊田さんが入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。相変わらず早いのね」
「菊田さんも早いじゃないですか」
「うちは子どもの保育園があるから仕方ないのよ。そういえば、リハの新しい人もう来てた?」
「五百蔵さん、ですよね。来られてましたよ」
「髪の毛、大丈夫だった? 黒になってた?」
「黒、でしたけど。え? どういうことですか」
「詳しくは知らないんだけど、前の病院に勤めてるとき、ある日突然金髪にしてきたらしいのよ。うちの法人って身だしなみに厳しいじゃない? そのせいでお偉いさんに目つけられちゃって。で、そのタイミングで山田さんの産休と異動の話が出て、こっちに来ることになったのよ」
「……へぇ」
「ま、こっちとしては金髪だろうがハゲてようが、仕事さえしてくれたらそれでいいんだけどね」
「……そうですね。でもこちらとしては黒のままでいてもらわないと」
そう。絶対に。なにがあっても。
「あら、小森さん、意外と厳しいのね」
菊田さんはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
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