#010 死の淵で猟犬に問う Crisis

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#010 死の淵で猟犬に問う Crisis

 砲声と銃声、そして爆音が怒濤の如き響きとなって湾岸倉庫を包み込む。  立ち込める硝煙と燃え盛る炎の中、逃げ惑うセオリーと(あかつき)。  追いかけまわされること10分、二人は倉庫の裏手で息を潜め、機動戦闘車をやり過ごす。 「……くそっ! なんであんなものがこんなところにあるんだっ!? どうやって手配したっ!?」 「……流石に……妙ですわね……もうかれこれ10分は過ぎたはずですのに、消防すら来ないなんて……」  湾岸倉庫の周辺は延々と倉庫街が立ち並び閑散としていた。  大規模に火の手が上がっているのにもかかわらず一台の緊急車両が来ない状態にセオリーは違和感を覚える。 「もういい、俺が囮になるからアンタはこの場から逃げろ、そんで応援を呼んでくれ」 「あら、格好いいこと言ってくれますのね? 賢明な判断で――」  セオリー達のすぐ隣の倉庫が爆散した。  咄嗟に暁が庇ってくれたお陰でセオリーは飛び散る破片から難を逃れたが―― 「怪我はないか? 学者様」 「だ、大丈夫ですわ……それより暁、傷が……」  暁の腕に飛び散った破片で切り傷を負っていた。掠り傷のようでセオリーはほっとする。 「問題ない。動けるか?」 「……ええ、もちろん」  セオリーは暁から差し伸べられた手を取り立ち上がる。  倉庫のコンクリートの壁が赤外線を遮断していることで機動戦闘車はセオリー達の存在を確認できないのがせめてもの救い。  邪魔なコンクリートの壁の破壊を行い始めるのは時間の問題で、案の定、機動戦闘車は倉庫に目掛けて砲撃を始める。 「悪くないですが、このままではマズいですわね」 「何か言ったか?」 「いいえ、何も」  暁の手から伝わる温もりに、些か緊張感に欠けると自覚はしたが高揚とした気分に駆られてしまう。  榴弾と爆音、粉砕するコンクリートの雨の中、倉庫を隠れ蓑に二人は逃げ惑う。    相手は時速100km以上の動戦闘車。八輪のタイヤは、倉庫の密林の中でも小回りが利く代物だ。  行く先々でセオリー達は容易く先回りされて、咄嗟に身を隠してやり過ごしてはいるが、然このままでは遅かれ早かれ殺されるのと二人は考えていた。 「このままじゃジリ貧だな」   「暁、どうするのですの?」  倉庫のドアの前に潜むセオリーと暁。 お互い肩で息をし、体力もそろそろ限界に近づいていた。  (もた)掛かっている倉庫を隠蓑に機動戦闘車をやり過ごすと、暁の顔が急に意を決したような顔つきへと変わる。 「……安心しろ、考えがある」  暁は倉庫のドアへ銃で撃ち破壊して抉じ開ける。 「この中に入っていろ」 「強引なのもの嫌いじゃありませんわ」  冗談まじりにセオリーは倉庫へと足を踏み入れる。 「ここに隠れてやり過ごすのですの?」  振り返るが暁の姿はない。しかも扉の向こうから何か引きずる様な音が聞こえ、セオリーは自分が閉じ込められたことに気付いた。 「ちょっと、暁っ!」  扉を叩いたり、ドアを押してみるがびくともしない。 「そこでじっとしていろ」  一応女性であるセオリーを倉庫へ(かくま)い、暁は単身機動戦闘車へと向かって行く。  何とかして彼の後を追おうとセオリーは考えるが、暁の決意染みた声色に胸が熱くなり、踏み止まってしまう。 「全くベタなことをっ! 格好つけている場合ですかっ!」   自己犠牲。セオリーはあまりその行為が好きではない。  一見利他的行動に見えるその行為は言うなればチェスのポーン。各個体が集団の幸福の為に犠牲を払う。確かにその方が利己的な集団より絶滅の危険は少ないのは確かだ。それはいい。利他的行動は否定しない。  しかし自己犠牲を払う個体からなる集団で構成された世界では、その利益の主要な受益者が誰になるかといえば、国家。そして利他的集団の中には必ず蔓延る利己的な個体になる。つまりそれは民族主義や愛国心を植え付ける存在が享受することになる。  そういった側面が存在し無駄に尊い命を散らすのがセオリーは堪らなく嫌いだった。 「死に様に生きていた意味を見出すなんて愚かですわ。そんなところにそんなものは決してありはしないのに……」  暁の行動に落胆したセオリーは深い溜息を付く。 「なるべくお淑やかにことを済ませるつもりでしたのにもう面倒くさくなりましたわ」  白状すれば暁を一目見た時から興味を惹かれ、しおらしく見せることで彼を手に入れるつもりだった。  命に代えて(かば)われたという点だけ見ればセオリーの策略は上手くいったのかもしれない。だが考えようによっては好機であった。 「……その命を(わたくし)にくれるというのでしたら、好きに使わせて頂きますわ」  自分の命を護るために、命を懸けるのは、最早それは自分の命と考えてもいいのではないかと悪魔的な閃きをセオリーは思いついてしまった。  勝ち誇ったような顔を滲ませセオリーは倉庫内の階段を駆け上がり、突き当り二階の窓を蹴破った。    口が乾き、激しい動機に襲われる中、暁は愛銃(マテバ)を片手に物陰で潜みながら機動戦闘車の隙を伺う。狙うのは頭頂にある細い四本の受信機。  30式無人機動戦闘車の武装は、7.62ミリ機関銃と52口径ライフル砲。弾数は10発。有人であった頃の16式機動戦闘車などは4発程度であったが搭乗スペースが無くくなった分、総弾数は増えている。 「現在は6発使わせたから残りは4発。7.62ミリ機関銃もあるが、それは隙を付くしかないか」  辺り一面は既に火の海。熱気が海風に乗って暁の肌を焼き付けていく。 「あいつは上手く逃げてくれただろうか。まぁ、大丈夫だろう」  言動こそ正気を疑うが聡明な女性だ。必ず賢明な判断をして、応援を呼んでくれるだろうと暁は確信していた。 「さて、それまで持ちこたえられるか。やるだけやってみるか」  機動戦闘車が背後を通り過ぎた瞬間、暁は物陰から飛び出した。  狙いを定め暁は引き金を引く。放たれた弾丸は受信機の一本を撃ち抜いた。  砲身が回転するのを見計らい、機関銃から撃ち出される弾丸の雨を掻い潜り、瓦礫の中へと暁は身を隠す。  一撃離脱戦法(ヒットアンドアウェイ)。この状況で囮の役目を果たしながら生存率を高めるにはこれしかないと暁は考えた。時間も稼げて確実だ。だが問題はどこまで体力が持つか――   「こうしていけば、(いず)れ……」  瓦礫の影から様子を伺っていた暁は機動戦闘車の方針が何故か自分の方を向いていることに気付く。 「なぜ? こっちを向いている? まさか――」  本能的に身の危険を感じ取った暁は飛び込む様にその場から離れるが、放たれた榴弾の衝撃波により吹き飛ばされ、(うつぶ)せに地面へ叩きつけられる。 「ぐっ!!」  暁は自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いた。人間が操っていると思っていた機動戦闘車は恐らくAIが操っている。  自分の行動を学習され、確率的に潜伏先を割り出し、一番確率の高い場所を砲撃された。  金属が擦り合うような音が背後に迫り、砲身が自分へ向けられるのを感じ取った。  叩きつけられた衝撃で、暁は身体を思うように身体が動かすことが出来ず死を覚悟する。 「これは……血か……」  自分の眼前に赤いもの垂れ下がってくるのが見え、撃たれる前に命が終わるかもしれない。 「ねぇ? (あかつき)? 助けが欲しくありませんこと?」  流石に暁もその声が幻聴じゃないことが分かった。這いつくばる自分の眼前に、錯覚でも幻覚でもないセオリーの姿があった。  逃げろ――と言いかけるも、どういうわけか自分の声が出ない。 「(わたくし)実験体(モノ)になりなさい。そしたら助けてあげなくても無いですわ?」  しゃがんで頬杖をつくセオリーの顔は実に悪魔的で不気味な微笑みを浮かべていた。 「ほらほら、さっさと選ばないと死んじゃいますわよ? やり残したことがあるのではなくって? 友人の敵を討つのでしょう?」  砲身が下がり狙いを定められる。  機動戦闘車から車内でカタカタと音が鳴り、次弾が装填される音が聞こえる。  死の瀬戸際で、真面な判断力を失っていた暁は、まるで吸い寄せられるようにセオリーから差し伸べられた手を取ってしまう。  それが悪魔との契約にも関わらず―― 「契約成立ですわね」  満足そうな顔を綻ばせたセオリーは羽織っていた赤いワンピースを脱ぎ捨てると、ノースリーブのカシュクール姿で、徐に横に置いてあったH形鋼鉄骨を手に取り――。 「Yo-heave-ho!(よっこいしょ!)」  その光景に暁は絶句した。  その華奢な腕から想像できない筋力で、セオリーは片手で軽々と持ち上ると、オリンピック選手のようなやり投げの態勢をとった。 「ジーンオントロジー。筋肉形成、骨格強化、細胞膜強化。アセチレーション」  ぶつぶつと何かの符牒を呟いたセオリーの左腕から背筋、足に掛けて一連の筋肉に真紅の輝線が走る。  輝線が刻まれた部位は一気に膨れ上がり、乾いた音と共にボトムの太ももが引き裂かれていく。最終的には腕は赤ん坊のウエストぐらいに筋肉は肥大した。 「ほいっ!!」    機動戦闘車が榴弾を放とうとした瞬間、軽快な掛け声とともにセオリーは重量60㎏はある鉄骨を投げつけた。  撃ち出されるより遥かに速い速度で飛んでいった鉄骨は砲身を潰し、躯体へと突き刺さる。 「命中……」  衝突の衝撃で機動戦闘車は前身が浮き上がった瞬間――爆散。  重々しい響きと網膜を焼き付ける激しい輝きを放って破片が飛び散っていく。  眼前に映るその光景に暁は言葉が出なかった。何が起こったのか全く理解できず本当に幻覚を見ているのではないかと思ったほどだ。  少しずつだが身体が動くようになった暁は身を起こし、まじまじとその光景を見る。  爆散した機動戦闘車からの皮膚を焦がすような熱気は、やはり現実以外の何物でもなかった。  炎を纏って転がるタイヤがセオリーの横を通り過ぎていくの暁は目で追っていると、彼女の腕はいつもの細くか弱い腕に戻っていた。  振り返ったセオリーは暁へにんまりと子供のような笑みを見せる。 「実は(わたくし)、意外に力持ちなんですのよ」  といって紅焔を背にしたセオリーが得意気に二の腕を曲げて見せる。  状況が今一つ呑み込めない暁ではあったが、その光景が紛れも無い現実であるという事だけは理解できた。
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