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#008 心なき者の復讐心 Threat or Intimidation
MAOA遺伝子欠失。反社会性パーソナリティ障害、所謂サイコパスの犯罪者の殆どはこの遺伝子の形質を持つが、同時に親からの虐待、ネグレイドなどが大きく影響する。
遺伝的因果関係は無くはないが他の環境要因が大きな役割を果たすというのが現在の結論だ。
しかし当時の企業側の固定観念、偏見が強く。サイコパス予備軍と呼ばれ、多くのMAOA遺伝子欠失者は施設に収容された。
そこでは薬漬けにされ、意味の無いカリキュラムが行われると、当時大学院生だったセオリーも噂で聞いていた。
だが唯一許された職業がある――それが警察官だった。
表向きはMAOA遺伝子欠失者の自立支援。だがその実態は同じ犯罪気質と思考の持つ警察官として監視下に置きながら凶悪犯を捕まえるという趣旨。
警察の猟犬となることで暁は一握りの自由を手に入れたのである。
(情動が無いなんて嘘。施設と周囲の偏見が希薄にさせたのですわ……)
暁の目に宿る正義感がその証拠だとセオリーは確信する。
それは両親が愛情をもって彼を育てていた証拠でもあり、彼が決して犯罪者予備軍ではない事を証明していた。
「彼、白銀彼方さんと言いましたよね。ご同僚だったという彼、どんな方だったですの?」
「ああ、はっきり言ってクズ野郎だったな。何十人っていう女と関係を持っていて、よく修羅場になっていた。収拾がつかなくなる時に限って仕事と言い張り公安部に立てこもる。その内うやむやにしちまう本当にどうしようもないクズ野郎だった――」
亡き同僚との思い出を振り返り遠い目をしている暁。
「だが、少なくともあんな死に方されるような奴じゃなかった」
しかし、突如その瞳に怒りが満ち溢れる。
二年前、暁がかつての同僚で、同じサイコパス予備軍と呼ばれ公安部に配属された友人。白銀彼方。彼は事件の捜査中にバラバラの遺体で発見された。
その彼の遺体には脳をこっそり綺麗にえぐり取られていたという。
当時、白銀は外資系富裕層を狙った連続殺人事件を追っていた。
犯人もバラバラなのにも関わらず示し合わせたように次々と脳をえぐり取られ惨殺されているという不可解な事件。
ただ一つだけ共通点があり、ある富裕層に纏わる汚職が記載されていたサイトを見ていたという。
どうやってそのサイトに辿り着いたのか、それはSNSだった。
米国からの情報で隣国の工作員がらみと結論付けられ、強引にCIAに持っていかれた。
「今回もネットがらみだ。前回はSNS、今回はVRコミュニティ。利用するコンテンツの閉鎖性の高さに共通するところがある」
「そうしますと、昨日の事務所の件はどう説明しますの?」
「会議でも言ったが、事務所を襲った奴は別だ。こいつは勘だが、恐らくそいつも俺達と同じように真犯人を追っている。奴らは証拠を残し過ぎてるのがその理由だ」
「確かにPCのハードディスクが残っていたのは可笑しいと思いましたわ。データを消すのであれば拳銃があるのですから、物理的に破壊しますもの。そちらの方が簡単ですし」
セオリーはそこに妙な引っ掛かりを覚えた。それと狼、野生動物の仕業にするなら全員かみ殺されてなければ変だ。だが拳銃で撃たれていた死体もあった。手際が雑で、ちぐはぐな印象を受ける。
「ああ、そうだ。しかし短時間のうちに監視カメラにハッキングして、データを消すところから、相当やり手のハッカーが付いている。俺は証拠を残してやるから、手伝えって言っているような気がしてならない」
「そうですわね。ところでアカツキ? どちらへ向かっているのですの?」
「こういうネット関係に詳しい奴が大勢集まる場所だ」
暁が向かった先は秋葉原だった。
「まだ、こんなところがあったのですわね。興味深いですわ」
暁が車を止めた有料駐車場は、時代に取り残されたようなモルタル外壁の雑居ビルに囲まれた場所にあった。
ノスタルジックな雰囲気がセオリーの好奇心を擽り、眼を惹き付ける。
「何してんだ。行くぞ?」
「ちょ、待ってくださいまし」
足早にある場所へ向かう暁を追うセオリー。戸惑うことなく雑居ビルの中へと足を踏み入れる。エレベータには目もくれず暁は階段を上り始める。
「エレベータがありますわよ?」
「そいつは壊れている。保守会社が潰れて修理する奴もいない」
「はぁ……それで一体ここはなんですの?」
「情報屋だ。ネット関係に詳しい柏木という男に会いに行く」
壊れたエレベータを後目にセオリーは買い替えればいいのではと言いかけたが呑み込んだ。経済的事情だろう。階段を登ること七階――
暁はある一室の前で立ち止まる。
「ど――」
どうしたのと言いかけたセオリーの前に暁は小声で「静かに」と言いつつ人差し指を立てる。
徐に懐から拳銃を取り出す。その銃は今時珍しいリボルバー中でも一際珍しい銃身が下部にあるマテバ社製オートリボルバーモデロ6ウニカ。
(物騒ですわね……)
部屋の中から異様な雰囲気を感じとった暁の顔は、緊張感が滲み出ていて、恐ろしく神妙な顔つき。
ドアノブを少し回し鍵が掛かっていない事を確認するや否や一気にドアを開き、暁は中へと転がり込む。
起き上がり様に暁は銃口を向けた先の人物に驚愕しているようだった。
「シンさんっ! お願いっス! 助けてくれっス!」
酷く脂汗を掻いた小太りの男がパイプ椅子にロープで縛り付けられている。
床には何かの液体が広がり、その上にコードが繋がれた何か爆発物のような機器が置いてある。
「何やってんだ? 柏木」
爆発物が置かれている光景を呆然とセオリーは見つめていると、暁から手招きされる。
(この液体って……)
「何なんですの? この状況は?」
「多分、あの女からの招待状だ」
「ちょっ! 何すんスかっ! シンさんっ! さっさと外してくれッス、爆発するっ!」
「ああ、そうか」
お前の命などどうでもいいと言ったような血も涙もない様子で淡々と柏木という男の懐をまさぐり、出てきたのは一枚の封書。宛名は無い。
非道にも柏木の胸倉を掴んで、暁は尋問を始める。
「レザースーツの女が来ただろう? 何をしゃべった? オラっ! さっさと吐けっ!」
「そんなことよりもこれを早く外してくれっス! なぁっ! そこのアンタでもいいっス! 助けてくれスよっ!?」
「え? でも……」
この状況を使って取り調べたい暁の意図を感じ取り、セオリーは敢えて何もしなかったのだが、必死に助けを求められるとつい情が動いてしまう。
(でも……何か生理的に受け付けないですわね。この方……)
少々当惑気味のセオリーを見かねてた暁は頭を掻きながら「助けてやれ」――と言うのかと思いきや。
「ラリってんだ。付き合ってやれ」
「意地が悪いですわよ? 柏木とかいうお方。大丈夫ですわ、ご安心してくださいまし」
何を言われているのか全く分かっていないようで柏木は間の抜けた顔を暁とセオリーへ交互に向けている。
「それ、ただの水ですわよ」
部屋に入った瞬間から意地の悪い二人は間違いなく水だと確信していた。
セオリーは溢れる知性から、暁は刑事の勘から気付いていた。
「要は冷やかされたのですわ」
暁は面倒くさそうにロープを解いてやる。爆発物もプラスチックで作られた模倣品。
「酷いっスよ。シンさん」
「うるせぇよ。さっさと喋れ、それとも熱ダレして頭の風通しを良くしねぇと喋れねぇか?」
銃口を頭に着きつけて暁は脅し始める。無論本気ではなかったが、刑事のそれは一般人に判断できるものではなく、柏木は身を竦めていた。
「暁、それはもう強要罪ではなくて?」
露骨に舌打ちをする暁を後目に、セオリーは朗らかな表情で柏木へと近づいていく。
「柏木さん。さっき黒いレザースーツの女性と大きな狼が来ませんでした?」
終始怯えている柏木にセオリーは優しく声を掛けた。
女性に対する免疫が無いのだろう、急にもじもじし始める柏木の視線は、チラチラとセオリーの胸元へと泳いでいる。
(我慢ですわ、我慢……)
仕方がないとセオリーはじっと耐える。
「君、ヘヴンズフェアリーズのニュウたんに似ているスね。ホログラムコスチュームがあるからコスプレしてくらたら話してもいいスよ?」
柏木の後ろにPCの壁紙に赤髪のアニメキャラクターが映っているのが視界の端に見え、セオリーの我慢が限界に達する。
「聖門、天倒、烏兎、霞。上晴、耳門、晴雲、下曇。独古、人中、鼻、口。頸中、頬車、下昆、松風。頭部の急所って意外に多いのですのよ? ご存じだったかしら?」
薄ら笑いを浮かべセオリーは急所を指を差していく。
彼女のゴミを見るような目に死を感じた柏木はガタガタと震え始め――
「ごめんなさいっ! ちょっと言ってみただけなんですっ! 二度と言いませんから許してくださいっ! 全部話しますからっ!」
素直になった。
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