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急。
「ユウカ、聞こえる? ねえ、ユウちゃん、……ああ、目が覚めたのね、ユウカ……!」
やさしい声に導かれてマブタを開けると、アタシは、自分の部屋のベッドに横たわっていて、心配そうなママの顔が目の前にあった。
「もう、大丈夫だよ」
ママの隣に立っていた先生は、とびきりステキな笑顔を浮かべていた。
「いささか荒療治だったが。君の"解離性同一性障害"は、完治したよ」
「"カイリセイ……ドウイツセイショウガイ"? ……なあに、それ?」
アタシは、聞きなれない呪文のような言葉を、かみしめるように繰り返した。
ママと先生は、顔を見合わせて微笑みあった。
"解離性同一性障害"というのは、俗にいう多重人格のことらしい。
信じられないことだけれど、アタシは、ずっと小さいころから、その症状を隠し持っていたんだって。
原因は、パパの虐待……
いつもは優しいパパだったけれど、お酒を飲むと、人が変わったように乱暴になった。
いつもアタシを叩いて、ハダカにして。よく覚えていないけど……ひどいことをしたんだ。
それで、アタシの中には、アタシを守るための別の人格が生まれてしまったんだそうだ。
アタシが覚えている「交代人格」は、ディーとケイとエルだけだけれど、実際には、アルファベットの「A」から「L」まで、12人の人格がアタシの中に同居していたらしい。
それで、先生は、アタシに催眠術をほどこして、アタシの頭の中で「彼ら」に「バトルロワイヤル」をさせたんだ。
つまり、「交代人格」全員による、いっせいの殺し合い。
そうやって最後まで生き残った3人を、アタシの本当の「主人格」である今の「アタシ自身」と対決させて、決着をつけさせた。
自分が生みだした人格との架空の殺し合いとはいえ、内気で気の小さいアタシを死にもの狂いの決戦にふるいたたせた動機、それは……
そうだ……アタシは、他の人格に先生を奪われたくなくて……先生を独占したくて、必死で生き残ったんだ。
それを思い出したら……急に恥ずかしくなって……
毛布を引き寄せて、頭までスッポリもぐりこんだ。
「あら……また眠ってしまったようですわ……」
おっとりしたママの声が、柔らかく、毛布ごしに聞こえてきた。
「しばらく安静にしてあげてください」
先生の、声。
穏やかで落ち着いていてオトナっぽくて、……聞いているだけで、ドキドキする声。
「では、私は、これで……」
「あら……もう、お帰りになられるんですの?」
ママは、ひどくガッカリした様子で言った。
「ユウカの病気が治ったのは嬉しいですけれど……でも……」
なんだか、甘えるような口調……
「今までのように、先生が家に訪ねていらっしゃらなくなるのは……淋しいですわ」
ドクッ、ドクッ、……
アタシの胸は、また、あやしくザワつきはじめた。
「ねえ、先生……」
―――ウソでしょ? こんなの、ママの声じゃない……!
イヤらしく、濡れた声。
たたみかけるように聞こえてくる、意味深な、衣ずれの音。
抱き合う気配。しめった粘膜の重なり合う、響き。
―――イヤだ、イヤだ、イヤだ……
「……んんっ……ふ……」
"女"の、吐息。
ムスメが寝ているベッドの横で、男とキスしてる……"色狂い"の女の、みっともない声だ。
ドックン、ドックン……心臓が、波打つ。
アタシは、毛布の中で、かたく全身をこわばらせた。
―――やめて……やめて……アタシの先生に触らないでよ……!
ドックン、ドックン……鼓動が高鳴る。
ドクン……ドクン……ドクン……
ああ……聞こえる。
アタマの中の奥にあるドアを、また、誰かがノックしているんだ。
ドクン……ドクン……ドン……ドン……
"ドン……ドン……ドン、ドン、ドンッ……!"
アタシは、そのドアを開いて、血まみれの絨毯の上に転がっているカッターナイフを握りしめた。
それから、毛布をはね上げて起き上がると、夢中でキスしている女の背中に、血糊のベッタリついたままの刃を思い切り振り下ろした。
END
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