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序
アタシの背中は、ピッタリと壁にハリツケにされて。
白いシャツをはおった胸に両ひざがくっつくほど折り曲げられて、腰は空中に浮いている。
アタシのカラダを抑えつけて支えているのは、先生の下半身だけ。
「はああっ……ん……はあっ」
アタシは、先生の顔に荒い息をとめどなく浴びせた。
引き締まった肩に必死でしがみつくと、糊のきいた白衣から、かすかな消毒薬の匂いがする。
その清潔きわまりない匂いを嗅ぐと、とてもイケない行為をしているんだ……という後ろめたさを急に味わわされて、それで……
ドックン、ドックンと、跳ね飛びそうな自分の鼓動が、どんどん高鳴る。
ドクン、ドクン、ドクン……
鼓動の音が、自分の耳にハッキリ届くほどに。
ドクン、ドクン、ドン、ドン、ドン……
ああ、聞こえる。
たしかに、自分自身の鼓動が……
ドクン……ドクン……ドン……ドン……
"ドン……ドン……ドン、ドン、ドンッ!"
ハッと我にかえると、このダダッ広く真っ白い部屋の、奥のほうの暗がりのドアが、外側から激しくノックされているのに気付いた。
先生は、白い絨毯の上に無造作にアタシをおろすなり、白衣の乱れを整えながら、足早にドアに向かった。
ひとりでに、全身にトリハダがたった。
でも、
「ダメ! ドアを開かないで……っ」
と、アタシが悲鳴を上げるより先に、先生は、白いドアを開いてしまっていた。
「ズルいよ、ユウちゃん。自分だけ、お楽しみかよ」
ふてくされた声で文句を言いながら入ってきた男のヒトは、しなやかに鍛え上げられた褐色の胸の隆起がのぞくほどに赤いサテンのシャツのボタンを外し、細身の黒いレザーパンツに、挑発的な腰のラインをタイトにまとわせていた。
かわいた茶金色に脱色した髪は、短い毛先がアチコチを向いて自然に跳ねながら、格好のいい頭の形を際立たせる。
目尻の切れ上がった大きな三白眼は、ハシバミ色の瞳を冷酷そうにギラつかせながら、アタシをにらみつけてから、すぐに、先生をかえりみて……
妖しく、濡れた視線をからませて、先生の目の前で、いきなり膝をついて。しゃがみこんだ。
「ディー! 何をする気?」
アタシは、ふるえながら叫んだ。
ディーは、横顔だけで、チラリと笑みを浮かべて見せて、
「ユウちゃんのカラダより、オレの"ベロ"の方が、ずっと気持ちいいんだよな、先生?」
と、ピアスの付いた赤い舌をペロリと出して、先生の白衣のスソを割り、目の前のジッパーに細長い指を伸ばした。
「やめてよ、ディー!!」
アタシは、カッと頭が熱くなった。
アタシの大好きな先生が、ディーに汚されてしまう……そんなのダメ!
……"みなしごのディー"は、小さい頃から、下品でワイセツな言動で、ママや周りの大人たちを困らせていた。
「コイツは"生まれついての色狂い"なんだ」
って、死んだアタシのパパは、しょっちゅう罵っていた。
アタシはディーを敬遠していた。
けど、ディーは、なぜだか小さい頃からアタシの近くにまとわりついて、勝手にアタシの家に忍び込んで、アタシのベッドに寝ていたりして、アタシを困らせてばかりいた。
アタシは、もう、ディーなんか嫌い。
ううん。きっと、ずっと昔から大嫌いだったんだ。
それなのに、先生は、ディーの好き放題にさせたまま、楽しそうにニコニコと笑っている。
そうして、大きくて器用なその手を伸ばして、ディーの短い茶金色をワシヅカミにすると、自分の腰にアイツの頭を引き寄せようとさえした。
ディーは、一瞬、苦しそうに細い眉をしかめた。
けど、すぐに、いやらしい目つきで先生の顔を見上げた。
「やめて、やめて、やめてーっ!」
アタシは、グシャグシャに自分の髪をかきむしった。
アタマが燃えるように熱い。
焦げつきそうに。熱くて痛い。ガンガンする。
―――アタシの……アタシの先生が……
ディーと……
イヤだ……そんなの、イヤだ……っ!!
アタシは、歯を食いしばりながら猛然と立ち上がり、ディーの横から体当たりした。
ディーは、白い絨毯の上にブザマに倒れながら、面食らった顔でアタシを見上げた。
「何するんだよ、いきなり!」
「黙れ! 先生は、アタシのなんだから……誰にも渡さないんだから……っ」
アタシは、無我夢中でディーの体に馬乗りになって、めちゃくちゃに両腕を振り回して、殴りつけた。
「テメエ……っ!!」
さすがにディーも怒り狂って、アタシの腕をつかみざま上体を起こすと、逆にアタシのオナカの上にまたがった。
「世間知らずのクソビッチが。なんでもテメエの思うとおりになると思うなよ」
ディーの冷たい目の奥に、陰惨な殺意がハッキリとのぞいた。
「こうなりゃあ、テメエをぶち殺してやる。テメエの大好きな先生もママも、テメエのモノは、みんな、オレが代わりに奪ってやる!」
ディーの手が、アタシのノドをつかんだ。
グイグイと締め上げる。
「……っぐ」
苦しい……苦しい……苦し……い……!
視界が、だんだん白く濁っていく。
ドックン、ドックン……
鼓動が、また、はげしく高鳴る。
ドクン……ドクン……ドクン……
ドクン……ドクン……ドン……ドン……
"ドン……ドン……ドンッ!"
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