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見事な墓穴
俺達はすぐに集合した。残念ながらヨシオとノブオは紙切れとなり、俺だけ勝ちだった。それでも、俺の勝ちは二人の損失をカバーするには十分だった。俺達はこの勝負に勝ったのだ。
調子に乗った俺達は、次なるステージに挑む。
「よし、じゃあ。同じ作戦で今度は三十万ずつ掛けよう」
ノブオが肘で俺をつつく。
「兄貴、攻めますね」
「楽しいだろ」
「最高です」
それから、今度はそれぞれ三十万を握りしめ、俺達はターゲットを探した。俺は先程の老人に可能性を感じ、彼に決めた。
購入した馬券も先程と同じ種類の単勝。老人の迷いない馬券購入にはベテランの風格と威厳を感じた。
スタート直後、俺は冷や汗が止まらなかった。老人が選んだ馬は、到底速いとは言えず、スタート直後からビリだった。
手の平に握った三十万の馬券。それが、ただの紙切れと化す悪夢が現実味を帯びてくる。
どうして、あの老人が二回連続で勝てると思ったのだろう。どうして、調子に乗って三十万もの大金を一気に賭ける勝負に出てしまったのだろう。頭の中は後悔と自責の念でいっぱいになった。
結果は予想通りのものだった。スタートから変わらず、選んだ馬はビリだった。当たった時の倍率が高かったのは、それだけあの馬に注目がなかったから、いわば、遅いと分かっていた馬だったからだ。どうして、目先の金に目がくらんでしまったのだろう。
俺は二人にどんな顔をすればいいのか分からなかった。ただ、がっくりと肩を床に付きそうなくらい落とし、うつむいて歩くことしかできなかった。
結果は、三人とも負けだった。お互いの馬券を見せ合うと、あろうことか三人とも同じ馬を選んだ単勝だった。つまり、全く同じ馬に三人とも賭けてしまったのだ。結局、九十万を同じ馬に賭けたこととなり、その全てが水の泡となった。
当初百万円あった財布の中身は、たったの十万円程になっていた。
全員が戦意喪失していた。ここら辺がいい辞め時だった。
俺達は言葉を交わすことなく、競馬場を後にした。
帰り道、たまたま通りかかった公園のベンチで俺達は腰を下ろし、ようやく
口を開いた。
「すまない」
俺が謝ると、二人ともゆっくりと顔を上げた。
「いや、三十万の時に俺が止めるべきだった」
ヨシオは再び地面を見つめた。
「俺も、調子に乗りすぎた。ヒロシだけが悪いわけではないよ」
このノブオの言葉には胸が熱くなる。少しだけ、気分が和らいだ。
「こういうのを墓穴を掘るって言うのかな」
ノブオは神妙な面持ちで呟いた。
「そうかもな。どうせ、俺達は犯罪者だ。それならいっそ、最後は酒に溺れよう」
「「賛成」」
俺達は昨日の居酒屋へと向かった。昨日のような豪勢な食事はできないため、俺達は値段を見ながら、安いやつを注文した。店長が昨日の俺達を覚えていたらしく、嫌味たらしく
「今日は質素ですね」
とか言ってくるので、「うっせえ」と一蹴してやった。けど、もしかしたら、俺の思い込みで悪気のない店長に当たってしまったのかもしれない。
生ビールが一番に到着し、料理もすぐに運ばれた。
俺が未練たらしく、三十万円の馬券を見つめていると、店長は
「そんなの買ったの?アホだね。しかも結構なお値段。ハハッ」
この店長の性格は俺の思い込みではなかったらしい。最低なヤツだ。
俺はいつにもまして、ビールを浴びるように飲んだ。それ以降の記憶はほとんど思い出せない。
それから、閉店するからと、日付が変わる頃に店を追い出された。
あの店長のことだから、絶対ウソだ。注文もせずに寝ているから追い出されたに違いない。
俺はポケットの中身を慌てて確認する。あの馬券は入ったままだった。俺はいつしかこの馬券をお守りのように感じていた。まあ、俺を犯罪者に仕立て上げた特別な紙切れなのだから、手放せないだけなのだろうが。
店を出ると、知らないきれいな女性が俺達に近づいてきた。ピンクのワンピースと強調された胸に思わず鼻の下が伸びてしまったのだが、女性は気にせずに話しかけてきた。
「あの、すみません。この辺でお財布を落としてしまったのですが、家に帰るお金が無くて困っています。どうか助けてくれませんか?」
酔が回っていた俺も、彼女の言葉で目が冷めてしまった。百万円が入った財布が頭の中をちらついた。
「えっと、」
心当たりがあった俺は、しどろもどろな態度になってしまう。冷や汗が出て
きて、落ち着きが止まらない。まさか、彼女の財布だったのだろうか?
ヨシオに目配せすると、彼は有り金を全部俺に渡してきた。
「これ全部渡すのか?」
「そうだ」
ヨシオは眠たげな表情で即答した。
「財布はどうした?」
「ん~」
ヨシオはポケットの中身を探す。
「失くしたみたい。エヘヘ」
彼の笑顔を見ていると、何だが全てがどうでもよく思えた。
「失くしたならしょうがない。まあ、いっか」
俺はヨシオから受け取った金を彼女に全て渡した。彼女は驚いたから、おそらくお金が減っていることにショックを受けたのだろう。申し訳ない。
すると、笛を吹きながらお巡りさんたちがこちらに近づいてきた。
「そこのピンクのワンピースの女性。動かないで」
その瞬間、彼女は猛スピードでお巡りさんと反対方向へと逃げ出した。
「止まりなさい」
一人のお巡りさんが女性の後を追いかけ、もう一人は俺達の側にやってき
た。
ついにこの時が来たのかと俺は覚悟を決めた。両手を差し出すと
「何やってるの?今はさっきの女性について聞きたくて、いいですか?」
お巡りさんの反応は予想と違っていた。俺はうまく状況が飲み込めなかった。
「あれ、逮捕しに来たんじゃないんですか?」
「えっ、君を?何か悪い事したの?さっきの女性について聞きたいだけなんだけど」
自分への容疑が無いことをわかり俺は心から安心した。
「もちろん、悪いことはしてません。さっきの女性ですか?財布落として困ってるって、十万円ほど渡しました」
「それは、申し訳ない。彼女、指名手配中の詐欺師なんだ。同じような手口で酔っ払いを狙っている。また、被害額が増えたか、クソッ。……あー。ついでに、君の職務質問してもいい?時間はかからないから。えーっと、手に持ってるのは馬券?程々にしときなさいよ」
握っていた馬券を思い出す。濃い一日をなった今日がこの馬券一枚で思い起こされる。
自分への疑いがないと確信していた俺は、お巡りさんに心を許し、勝手に親近感を抱いていた。
「そうなんですよ。三十万も賭けちゃって、それも拾ったお金で。百万円も
入っていたんですよ。やばくないですか?それで負けて、警察にお金を届けられなくなって、このざまですよ」
お巡りさんの顔が険しくなり、まずいことしたかと考えるうちに、俺の頭は
クリアになっていった。
振り向くと、ヨシオとノブオは口をポカンと開けて俺を見つめていた。そし
て、そこから恐ろしいものを見る目に変わり、金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。
お巡りさんの方へ目をやると、そこには手錠を握りしめたお巡りさんが。俺は腕に手錠をはめられた。
ノブオが最後にポツリと呟いた。
「見事な墓穴です」
「ありがとよ」
お巡りさんは俺達のケツを叩いて言った。
「さっさと歩け」
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