届ける前に増やさないか?

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届ける前に増やさないか?

 俺、ヒロシはノブオとヨシオの二人でパチンコ屋に寄った帰り道、なんとなく子供たちの通学路を避けるようにして、人気のない裏路地を歩いていた。今はちょうど下校時刻だから、子供がわんさか歩道に溢れている頃だろう。しかし、それは避けた理由ではない。  こんな道を通るのは、ただの貧乏人か社会にうまく馴染めないはみ出しものだ。  後者である俺達は車すら通らない道路の真ん中で未来のことを考えながら歩いていた。これから訪れる後悔と自己嫌悪に満ち満ちた未来についてである。  小太りのノブオがお腹を鳴らした。 「いくら残っていますか?晩飯は食べれますかね?」  ノブオのように腹こそは鳴らないが、俺も空腹だった。朝から何も食べれていない。  しかし、そんな金が無いことは明白だった。思い出しただけでイライラする。その原因は紛れもなく自分自身なのだが、俺は抑えることができなかった。 「望みの綱のパチンコは、あと千円あれば今までの損を全部チャラにできたのに、金がなくなって、後ろに並んでたやつにすべて取られた」  ヨシオはこちらの様子が気になったのか、ようやく振り返る。ノブオは体を強張らして、少しビビっていた。俺はその態度が気に入らなかった。俺の怒りはさらにヒートアップする。 「仕方なく店を出たよ。そりゃー、床に付きそうなくらいに、肩をがっくりと落としてさ。そしたらお前は、喉が乾いたとか言って、ポケットから千円札を出すじゃないか。店の中で俺が喉から手が出るほど欲しかった千円札を。あっさりとね」  言葉に詰まるノブオは痩せたかと思うくらい小さく萎縮していた。 「それから、目から眼球が飛び出そうなほど驚いている俺に、お前はなんて言った?」  ノブオはモジモジしながら小さな声で答える。 「買ってくるけど、何か飲む?って言った」 「いらねーよ。俺が欲しかったのは玉なんだよ。銀色のやつじゃなくて、銀色の玉。俺とヨシオは有り金全部注ぎ込んで、あの台に全てを掛けたのに、お前は、お前は、何しれっと千円札で酒買おうとしてんだよー。そんで、お前だけ買いに行って、お釣りを取り忘れる始末。教えてもらおうか。一体、今の俺達のどこに金があると思ったんだ?この、うんこ野郎」  思いの丈を全てぶちまけた俺は、悔しいのか、悲しいのか、目から涙が溢れていた。 「まあ、まあ、そんな日だってあるだろ。俺達はギャンブラーなんだから」  そんな俺を慰めるように、ヨシオが背中を擦る。 「そっ、そうだ。俺達はギャンブラーだ」  深呼吸をして落ち着きを取り戻す。俺はギャンブラー。負けたままでは終わらない。今、泣いていても後悔していても、勝負の世界に挑み続ける限り、最後に笑っているのは俺だ。  俺が心を落ち着けると、こちらを凝視する視線を感じた。ノブオだ。 「なんだよ。言い訳でもあんのかよ?」  ノブオの返事はない。俺も彼を凝視するが、視線は交わらなかった。  ノブオは俺ではなく、俺よりももっと遠くを見つめている。ノブオが目を細める。俺とヨシオは彼の視線の先に顔を向けた。 「何が見えるんだ?」  目が悪いわけではないが、俺には何も見えなかった。凝視するほど変わったものはない。人気がなく、道の端に汚いゴミが散乱しているだけの、ただの道路だ。  ノブオがある場所を指差す。 「あの、茶色いのだよ」  彼が見つめるものは既に見えていた。けれど、俺は特に気に留めなかった。だって、 「道端に落ちている茶色いものと言ったら、うんこだけだ。うんこ同士で共鳴でもしてんのか?」 「ヒロシも同じようなものだろ」  この時のノブオはいつもと違いつかかってきた。彼にしては珍しい。だか ら、俺は嫌味を込めて返した。 「そうだよ。俺は、給料が入ると全額パチンコにつぎ込むようなうんこ野郎さ。けどな、どれだけお腹が空いていても、道端に落ちているうんこを見つめたりしない」  ヨシオは俺の冗談に笑ってくれた。ノブオは機嫌を損ねたのか不満そうに呟く。 「絶対、違うって」  ノブオはそう言うと、道端のうんこに歩み寄った。すると途中で急に走り出し、最後にはそのうんこを拾い上げて、こちらに見せつけた。 「ヤバイものを見つけた」  こちらからすれば、ノブオの方が十分ヤバイのだが、彼のただならぬ高揚に 感化された俺とヨシオは顔を見合わせた後、不安を拭い合うために頷き合い、 すぐに彼の元へ駆け寄った。  ノブオが見つけたもの。それは、札束でまーるく太った茶色い革財布だっ た。  俺は見たこともない大金を前に緊張し、震える手で財布を受け取った。ノブオの手も俺と同じくらい震えていた。 「こ、これがあれば、ご飯が食べられる」  ノブオの一言で、俺の口の中は唾液で一杯になった。空腹が再び思い出したかのように存在感を顕にする。  そんな中、一人だけ冷静を保っていたヨシオが口を開いた。 「警察に届けよう」  それは、俺とノブオが一番聞きたくないセリフだった。空腹で理性のたかが外れかけていようと、俺達はまともな人間だ。ヨシオの正しい一言で正気に戻れてしまうような純粋な人間なのだ。正気を失ったままこの金を使い切ってしまえたらどれだけ幸せだろう。しかし、俺達にそんな大それたことはできなかった。 「そんな~」  ノブオが悔しそうにため息を漏らす。辛いのは俺だって同じだ。俺は自業自得の空腹を気合で抑え込んだ。 「じゃあ、行くか。もし持ち主が見つからなければ、一年後に俺達のものにできるし、気長に待とうじゃないか」  ヨシオが俺達の未来に少しばかりの光をもたらしてくれた。 「そうだな。それが正論だ。俺達はギャンブラーであっても、犯罪者ではない」  そう。これでいいんだ。  目的なく歩いていた俺達は最寄りの交番へと進路を変えた。 しばらく歩いて、裏路地から抜ける最後の曲がり角にたどり着く。 けれど、俺の頭の中はこの大金を諦めきれていなかった。  このままでは明日の生活すら危うい。そんな俺達がこんな大金を安々と手放してしまっていいのだろうか。  そんなはずはない。これは生きるか死ぬかの選択。可能性が0.01%でもあ るのなら、俺はそれに掛けたい。  そこで俺はあることを思いついた。 「なあ、この金を増やしてから交番に届けないか?」  ノブオとヨシオは意味が分からないといった顔で目を丸くしている。 「俺達はあと千円ってところでチャンスを掴みきれなかった。俺達に必要なの は資金だ。俺達の実力なら元金さえあればいくらでも増やせる。だから、警察に届けるのはこの金を何倍かに増やしてからにするんだ。そうすれば、俺達は大金持ちだ。警察に元金さえ届ければ、罪にも問われないはず。もし、このチャンスを逃せば、俺達は明日からどうやって生活すればいいんだ?だろ?つまり、やるしかないってことだ」  ノブオの表情がわかりやすくパーッと明るくなった。 「お前、天才かよ」  一方、冷静なヨシオはこの作戦に慎重な様子だった。 「もし、勝負に負けたら、俺達は道に落ちていた金を使い込んだことになる。 捕まるかもしれないぞ」  俺は不意に口角が上がってしまう。このスリルこそがギャンブルの醍醐味だ。 「だから、これは犯罪者になって牢屋で暮らすか、金持ちになって高層ビルで暮らすかのギャンブルだ。俺達なら、絶対勝てる。だって、」 「「ギャンブラーだから」」  俺とヨシオは合言葉のようにハモった。  こうしてヨシオも俺の作戦にのることになった。 拾った百万円を増やしてから交番へと届ける作戦。  曲がり角を抜けると、下校中の学生が横断歩道を渡っていた。俺達は踵を返し、再び裏路地へと戻る。 こんなギャンブル中毒者の俺達を、子供たちの目に入れるわけにはいかないからな。
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