2人が本棚に入れています
本棚に追加
もっとも、キミドリ博士がこうまで執拗にアオイケ博士を恨むにはレッキとした事情がある。
じつは、アオイケ博士が発明した内服防虫剤をA社が発売するほんの数日前、K製薬もまた、キミドリ博士の発明した新製品を大々的にリリースしたばかりだったのだ。
これもまた、既存の概念をくつがえす画期的な「蚊取り線香」……一般的な蚊取り線香は、ケムリに殺虫成分が含まれているが、キミドリ博士の発明した蚊取り線香のケムリは、反対に、蚊をウットリとさせるフェロモンのような性質の匂いを発生する。「蚊取り線香」というよりは、むしろ「蚊寄せ線香」とでも呼ぶべきシロモノなのだ。
それにより、周囲5~6メートル内にいる蚊はいっせいにその「蚊寄せ線香」のケムリに集まり、群らがり飛ぶ。
そこを、付属の「超強力・蚊撃退スプレー」で、いっせいに狙い撃ちするのだ。
周辺の蚊を積極的に駆り集め、ヒトマトメに駆除するという点で、キミドリ博士の「蚊寄せ線香」は、従来の蚊取り線香よりも殺虫効果がハッキリと目に見えて実感できるものだ。
また、従来の蚊取り線香は、利用者のなるべく近くで使用する必要があったが、「蚊寄せ線香」は、人の出入りの少ない場所で……いわば「オトリ」として……蚊の採集効果を発揮してくれるから、ケムリのきなくささや殺虫成分の人体への影響を少なからず気にする神経質な消費者にも満足してもらえる製品だったといえよう。
いかんせん、このキミドリ博士のとっておきの発明品が全国のドラッグストアの店頭に並び始めた一週間後には、アオイケ博士の内服駆除剤によって、たちまち陳列棚の上を追い出されてしまっていた。
使用の手軽さにおいても効能においても、圧倒的にアオイ博士の発明に軍配があがった。
なによりも、その発想の意外性において大きく凌駕されたことが、キミドリ博士のプライドを完膚なきまでに叩きのめした。
市場販売スタートのタイミングも最悪だった。後出しで発売されたアオイ博士の発明品が一瞬にしてセンセーショナルな話題をさらったおかげで、先行だったキミドリ博士の「蚊寄せ線香」は、その存在すら多くの消費者に知られぬまま市場を立ち退かざるをえなかったのだから。
キミドリ博士の屈辱のほどが知れよう。
最初のコメントを投稿しよう!