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ハッと目覚めると、葦の長い葉先が間近にあった。
隼人は身を起こす。辺りはもうすでにたそがれに染まり、西の空には夕星が光っている。御影山の、そのふもとだった。
申の刻にはまにあいそうもなかったが、里からそう遠くない場所だった。隼人は暗がりのなか手探りで体に触れる。どこも怪我はしてないようだった。
(あれは、あの龍は、幻術のたぐいだろうか)
呑まれた瞬間を、たしかに隼人はその身でしかと感じた。もうこれはだめだと思ったのだ。体の均衡が崩れたことも覚えていた。
「やっと気づいたか。あんまり時間がかかるものだから、俺はもう死んだかと思ったぜ」
ふいに近くでそう声がした。夕闇のなかでもカラスのヤスケとわかる口ぶりだった。
隼人は彼が近くにいてくれて、どこかホッとする部分を感じたが、それは口にださないことに決めた。
「近くにいたんだから助けろよ。俺は、もうだめだと一瞬本気で覚悟したんだぞ」
ヤスケは隼人がへらず口をたたけることを知ると、意を得たようにいっそう羽をひろげた。
「むりむり。ああなったらもう誰にもとめることはできないよ。あいつ、見ためよりもずっと気が短くできてるんだ。これに懲りたらもう二度と真尋にちょっかいをだそうとなんてするなよ。命がいくつあってもたりないぜ」
「俺は本当に危なかったのか」
隼人が思わずそうつぶやくと、ヤスケは少しあきれたようだった。
「今になってそれに気づくのか。お前って抜けてるなぁ。あれで寿命を縮めて、本当にポックリ逝くやつもいるんだぞ。じゃなければ俺がこうして足を運ぶもんか」
「またそう指図されて来たのか」
隼人はそう期待をこめて言ったが、ヤスケはそれをあっさり否定した。
「いや、今回は俺の独断だよ。あの力は本来人にむけて発してはいけないものなんだ。婆さまが見てたら本当におとがめものだ。これでお前に死なれたら、俺の寝覚めが悪くなると思って」
「婆さまってあの子の肉親か。一緒に住んでいるのか」
ヤスケはそうとわかるくらいに肩を落とした。
「いや、婆さまはこの春先に亡くなったよ。山の気が違うのがお前にもわかっただろう。あれは婆さまが亡くなったからなんだ。今まで誰にも踏み入られなかった場所だけに、真尋も破られたのがくやしいんだろう」
(そうか。だからなのか)
隼人は急に真尋が孤立して見えたわけを知った気がした。
(親父さんと同じだ。あの少女は、一番近い人を亡くしたんだ)
そう思うのと同時に、隼人は懐からメノウの首飾りを取りだした。
「これをあの子に渡してくれないか」
ヤスケは大きな目をパチクリさせて、じっと隼人を見た。
「それは祭りにつかう品だろう。わからないなぁ。さっき殺されそうになったっていうのに、その当人にこれを渡すのか」
そう言われると隼人にも返す言葉がなかったが、ヤスケにそう言われても仕方なかった。隼人は問答無用であの筆の龍に呑まれ、この界隈に飛ばされてしまったのだ。
「あの祭りの前日、これを贈るならあの子がいいと思ったんだ」
ヤスケは隼人のもつ首飾りをくちばしでそっとくわえた。
「俺は光りものが好きだからありがたく頂戴する。でも真尋が素直にこれを受けとるとは思えないね。あいつの容姿がいいからって、これ以上関わるともっとひどいめに遭うぜ。里のものと交わるには、真尋の力は特殊すぎるんだ」
(そうかもしれない)
隼人はヤスケの言葉ももっともだと思った。
あれは神力だ。普通の人の手に負えるものではなかった。
「真尋をあんまり怒らせるなよ。俺にまでそのとばっちりがくる。だいたいあいつは人よりも獣を愛でるような変なやつなんだ。さぁ、日が暮れる。俺はもう行くぜ」
そう言うと、ヤスケはあっというまに飛び去っていってしまった。そのときになって、隼人は昼間摘んでおいたはずの野草を、ことごとくなくしてしまっているのに気がついた。
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