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 LINEではなく、電話がかかってきた時点で嫌な予感がしていた。ざわっとするこの予感は、もう何度目かのデジャブ。 『ごめん、わたしやっぱり無理……』  電話口から弱々しく漏れる、彼女の声。鳩山は聞かれないように、そっとため息をついた。 『武尊 (たける)くんのことが嫌いなわけじゃないの。優しいし、かっこいいし、素敵だと思う。でも……』 「うん、分かってる。いいよ」  これ以上言い訳がましい謝罪は聞きたくない。鳩山は適当に会話を切り上げ、通話を切った。沈黙したスマホをベッドにポンと放り投げる。  ああ、これで何度目だろう。もう数えるのも億劫だ。  鳩山は一人の恋人と長続きしたことがなかった。最長で一年。平均して三か月から四か月。  決して関係が険悪になったわけじゃない。どの恋人も大切にしていたつもりだし、可能な限り要求にも応えてきた。彼女たちからも、そうされてきたと思っている。    けれど――いつも彼女たちから別れを切り出される。いつも同じ理由で。  やっぱり、俺に恋愛なんて無理なのかも――  重すぎる失恋の痛みを抱え、鳩山もベッドに沈没した。 ****** 「え、鳩山また振られたの?」  素っ頓狂な声を上げる村田に、鳩山は「しっ!」と彼の口を覆った。だがここは花金の居酒屋。周囲は酔っ払いの笑い声で溢れ、わざわざ声を潜めることもなかった。  その日、鳩山は大学の同級生らと飲みに来ていた。男四人でもつ鍋を囲み、あらかた酔いも回ってきた。酒で失恋の憂さを晴らすつもりが、男どもの絶好の酒の肴にされそうな予感。 「振られたって、あの合コンで知り合った広告代理店の子?」 「いや、それは前の彼女で、今回は公務員の子だろ」 「今回も短命に終わったかー。付き合って三か月だっけ?」 「四か月だよ」と鳩山がむすっとして答えると、テーブルが爆笑に包まれた。こいつら、他人事だと思って。 「今回も振られた原因は?」 「うん、……まあ」  ああ……と男たちは微妙な表情を浮かべた。 「さえ普通なら、モテるのになー」 「別に、モテないけど……」 「何言ってんだよ。すぐ別れるけど、女切らしたことないくせに」 「つーか、ほんと贅沢な悩みだよな」  今度は一斉にため息がこぼれた。場の空気が、一気にお通夜のようになる。 「まあ、そう気を落とすな。また合コンでもセッティングしてやるからさ」  隣の原田に肩をたたかれた。だが、鳩山の表情は暗い。 「いいよ。もうしばらく彼女はいらない。俺は仕事に生きる」 「そんな浮気されたOLみたいなこと言うなよ……」 「いっそのこと、ツイッターとかで彼女探してみたら?」  タバコを咥えた村田が、ひょいと眉を上げた。 「最初からのこともプロフに書いとけよ。むしろ、そういうのが好きな子がくるかも」 「いや、それはちょっと……」  鳩山が困惑していると、「ああ、そういえば」と加藤が割って入ってきた。 「ツイッターで思い出した。ちょっと、みんなに見てほしいのがあってさ」  そう言うなり、加藤はスマホをいじり始めた。 「俺さ、筋トレが趣味じゃん? そんでインスタとかツイッターに自分の身体の写真とか上げてるんだけど……」 「お前そんなことしてんの?」「きっしょ……」と引き気味の二人に、「うるせえな」と加藤は憮然として返す。 「そしたらこの間、変な奴からリプがついて――ああ、これだ」  加藤が差し出したスマホの画面を、鳩山たちは覗き込んだ。そこに表示されていたのは、ツイッターアカウントのホーム画面だった。  そのアカウントの名前に、一同沈黙する。  メスお兄さん@ちんぽ募集中♡  ええ……  なにこれ…… 「なんだこりゃ?」田村たちから同様の声が上がる。  イカレているのは名前のセンスだけじゃなかった。投稿しているのは自撮りらしき首から下の男の裸体ばかりで、一応局部は写っていないものの、ちらほらと陰毛の一部が入り込んでなんともきわどい。アカウントの主の身体は透けるほど色が白く、肉付きの薄い胸や煽情的にねじった腰のラインが、なんとも艶めかしかった。  どうやらこの男は夜の相手を求めているらしく、タグも#セフレ募集や#即ハメOKといった卑猥なものばかりだった。『ぶっといチンポにハメられたい気分。。。』『メスお兄さんとエッチしたい人~??』といった破廉恥な文面の数々に、開いた口が塞がらない。 「こういうの裏アカっていうの? こいつ、俺のツイに気色悪いリプ送ってきてさ」 「うわあ、これはきつい……」 「お前これに返信したの?」 「まさか!」と加藤は嫌悪感もあらわに顔をゆがめた。当然だ。こんな変質者からメッセージが来たら、気色悪いを通り越して怖い。  だが、言動がイカレているとはいえ、メスお兄さんは結構――いや、だいぶいい身体をしている。  色の白い肌は高級な陶磁器のようだし、尻や太ももは程よく丸みがあって、ともすれば華奢な女性のようにも見える。そして何より、胸に飾った茶色がかった薄紅色の突起が、何か妖しい魔力でも帯びているように鳩山を誘っていた。  この身体を抱きしめたら、どんな心地がするだろう――いつの間にか、自分の思考がヤバい方向に行きかけていることに気づき、鳩山ははっとした。 「まあとにかく、ツイッターなんかで彼女を探すのはやめておけ。そんなことしてるのは、こういう変態だけだ」  加藤は偏見に満ちた一言を放って、鳩山の肩を叩いた。 「ちゃんとした出会いを求めて、お前を受け入れてくれる子を探そう」 「そうだな――――ん?」  鳩山は、加藤からスマホをひったくった。そこに表示された画像に、目が釘付けになる。  知ってる――  この身体、見たことある。 「鳩山、どうした?」 「おいおい、振られすぎたからって男に走るなよ?」  友人たちの冷やかしの声は、鳩山の耳に届いていなかった。徐々に体温が上がり、心臓が早鐘のように鳴り始める。  鏡越しに写した、メスお兄さんの後ろ姿――  その腰にポツンとついたホクロに、鳩山は猛烈なデジャブを感じた。
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