Y-3 旅の日のドラマ

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午前7時20分 バスは目的地の京都駅に着く―― まだまだ少し低めに差し込む朝陽がまぶしかった バスのステップを踏みしめる 〈トン〉 一歩―― 〈トン〉 二歩―― 段々に現実を噛みしめていく そして 最後の一歩 〈トン……〉 “……………” アスファルトの路面に足を着く 〈プシューーー〉 “……もう戻れない……” 閉まるバスの扉 “行くしかないんだ” 〈ブォーーン〉 過ぎ去るバスを見送りながら 夕子は一人立ち尽くす 『……………』 青い空 立ち並ぶビル 目の前に飛び込んできたのは 白塗りが鮮やかな京都タワー “……………” 京都駅の駅ビルは東西に大きく横たわり、ガラス張りの外観が眩い―― 久し振りの京都は何もかもがあの時のままだった “帰ってきたんだ……” 無意識のうちに取り出したケータイ 画面の中の一文 【今でも僕のそばにいてくれますか?】 『……………』 “……きっと……何かの間違いなんだよね” 【ムラカミ タクヤ】 “……あるはずがないんだよね……” 【タクヤ】 “………きっと………” 『……………』 そっとケータイの電源を落とした 午前9時―― 京都駅の駅ビル内にあるオープンカフェ 『夕子、ホント久しぶりだよね、元気してた?』 『うん。和美も元気そうだね、相変わらず』 『もぉ~、夕子、急にこっち来るなんて言うからビックリしちゃった』 『ゴメンゴメン、急だったね』 『でも夕子、変わらないね』 『和美こそ、変わってなくて安心しちゃった』 『何年振りかなぁ~』 『大学以来だから、5年振りかな――?』 オープンカフェのテーブルをはさんで 懐かしさを確認しあう二人 『それにしても、久しぶりに来たけど、ここは変わったね』 駅ビルの広々とした吹き抜けの空間をぐるりと見渡し―― そのあと、まばらな客で行き交う中央改札口を見下ろす 『そう?そんなに変わってないんじゃないの?』 『ううん……変わった』 夕子はつぶやくと遠い目をしながら寂しげに微笑む 『…………?』 『……………』 『何かあった?』 『え?あ、いや、ただ、懐かしいなぁ~ってさ……』 『?』 『よくここにも来たなぁ~って』 『……………』 カップをゆっくり持ち上げ口をつける夕子 和美はその様子を黙ったままうかがうことは出来ずに、たまらず口を開く 『夕子!ケータイの電源ちゃんと入ってる!?』 『あっ!切ってた!ゴメン、和美!』 『……どうしたの?』 『ちょっとね……』 『……………』 『……………』 『………まったく~、ケータイ通じないからさぁ、どうしようかと思ったじゃな~い』 『ゴメンね、和美……』 『………ま、まぁ、待ち合わせの場所と時間も決めてたおかげで、すぐに会えたから良かったけど……』 『あっ、確かに目印になりやすいよね、あの待ち合わせの場所……“時の灯り”って言ったっけ?』 『分かりやすいでしょ、京都駅の最近の待ち合わせ場所の定番♪』 『へぇ~』 『やっぱりそのへんは夕子にとっては変わってるか……』 『………うん………私がいた頃は、待ち合わせの場所っていったら、あっちの伊勢丹のほうの階段だったなぁ……』 そう言いながら、階段の方へ目を移す 『………………』 段数が多く幅広い階段は階段というよりも大きなベンチのように、人々の椅子変わりになっている―― 『私も……よく座って待ってたなぁ………』 そう口にした その時だった―― ――『夕子!待たせてゴメンな』―― 『…………!?』 耳の奥で突然響く 忘れられない声 『………夕子……どうしたの…?』 突然うつむく夕子に、和美は違和感を感じずにはいられない 『……………』 ――『もう!ホントに待ったんだから』 『ごめんごめん』 『これで何度目!?』 『だってゼミが長引いちゃってさ』 『言い訳は聞きたくない!』 『ちょっと勘弁してくれよ~』 『私とゼミのどっちが大事なの!?』 『だから俺だって必死で飛んできたんだから』 『大体フツーなら連絡くらいよこすでしょ?』 『まぁ……そりゃ……』 『はぁ~~………これで大事な時にも遅れてきたらどうするの?』 『ん?………大事な時?』 『そう、大事な時』 『って……例えば?』 『…………結婚式……とか………』 『結婚式?』 『そう……』 『なんかそれってカッコイいじゃん!』 『はぁ?』 『映画であったじゃん、花婿が遅れてきて花嫁を連れ出しちゃう映画――』 『まさか――【卒業】のこと?』 『それそれ』 『肝心なストーリーが全然違うし!』 『確か俳優がダスティン・ホフマンだったっけ?』 『……話、聴いてる?………』 『さしずめ、俺じゃ~“ださ”ティン・ホフマンだなぁ~』 『………………』 『ん?』 『…………………ぷっ………』 『…………?』 『ぷっ……ハハハハ~』 『……ハ……ハハハ』 『ハハハ――まさか花婿って、自分の結婚式のコト言ってるの?』 『ん?違うか?』 『さすがにそれはないでしょ』 『いや、夕子が結婚式なんていうから、俺はてっきり夕子の結婚式のことかなって――』 『……え?』 『……ん?』 『……………』 『……………』 『……私達の……結婚式なの……?』 『…………ゴホン』 『……………』 『俺………』 『…………?』 『そんな大事な時には絶対に遅れないから』―― 『夕子………何かあったの?』 和美の問い掛けに 『えっ、いや別に』 ふと我にかえる 『なんかヘンだよ』 『……そう?』 〈ドクドクドク〉 和美の前では平静さを保とうとするのだが―― 少しずつピッチを上げる心臓の早打ちが気持ちを急かす 『あのさ、和美―――』 『あっ!そういえば夕子もうすぐ結婚するんだってね~!』 夕子の言葉に和美の質問が重なる 『え!?――あっ、ま、まぁね』 『なんで呼んでくれなかったのぉ』 『ゴ、ゴメン!ちょっと和美とはあまり連絡とれてなかったから――ホントにゴメン!』 『別にいいよ……夕子にとって私なんてそんなもんだよね』 『……………』 『――って冗談、冗談!すぐ真に受けるんだから!!と、ところで、お相手の方は―――?』 『え?』 『何年くらい付き合ったの?』 『………1年くらい……かな?』 『ふ~~ん』 『……………』 『……………』 『夕子………』 『?』 『ひょっとして……マリッジブルー?』 『え!?』 思いがけない和美の言葉に驚いた 『な~んかさっきからボーっとしちゃってさ、ヘンだから』 『……………』 『まぁよくあるコトだよ』 『……………』 『私はまだだからよく分かんないケドね……ハハハハ』 『あのね……和美』 『ん?』 『これ、ちょっと見てもらえるかな』 『……………?』 夕子はケータイを取り出し、画面を開く―― そして テーブルの上にそのケータイをそっと置き 和美の方へ差し出した 『…………?』 困惑しながらテーブルの上のケータイと夕子の顔を交互に見る和美 『見て』 『う、うん』 言われるがままにケータイを手に取り画面を見る 『………?メール?………「今でも僕のそばに……いてくれますか」……って何?……誰?』 『………………』 『…………まさかストーカーとかぁ~!?』 『……………』 『名前も書いてあるんだね………え~と……ナニナニ?………………………………………………………え?』 『……………』 『ムラカミ……タクヤ?』 『………………』 『…………え………これって……?』 和美はケータイの画面からゆっくりと顔を上げ、夕子を見つめる 『………………』 『村上くん……?』 夕子は真剣な面持ちで頷いた 『これいつのメール?』 『4日前……』 『……………』 『……………』 『イタズラだね』 『え?』 『相当悪質だね……許せない』 『……………』 『きっと夕子の結婚を快く思ってない誰かの仕業だね』 『………………』 『でも……彼の名前を使うなんて……信じられない……』 『………………』 『夕子、気にする事なんてないよ、こんなメールほっといてさ――』 『………和美………』 『……何?』 『考えたコトある?』 『?』 『もしかしたら――彼はどこかで生きてるんじゃないかな……って』 『な、なに言ってるの!?』 『ひょっとしたら今もまだこの街にいるんじゃないかな……』 『――夕子!!それはあなたが一番よく知ってる事じゃない!!彼はもういないの』 『でも……』 『夕子!』 『でもさぁ………』 『彼は5年前に交通事故で亡くなった――それが現実なんだよ!』 『……………』 『しっかりしてよ、夕子!』 『……もう少し……』 『……夕子……?』 『………もう少しだけ……探させてよぉ……』 『夕子………』 潤んだ彼女の瞳を見ると 和美も言葉を失った 『………………』 『………………』 『だから……京都に来たの?』 『………………』 和美の最後の問いに 夕子はゆっくりと頷いた 『………………』
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