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Y-4 花の日のドラマ
〈ピンポーン〉
チャイムが鳴ると
真っ先に駆け付けたくなる
“今日はあの日だ”
エミの小さな胸に鼓動とともに押し寄せる期待感
部屋のカレンダーをもう一度確認する
――8月15日――
“間違いない”
口元が思わず緩む
“花の日だ!!”
部屋から飛び出し、階段をせわしなく降りる
〈パタパタパタ〉
焦る気持ちがスリッパまで飛ばそうとしている
“早く行かなくちゃ”
エミが急ぐのにはワケがある
『……………』
あっという間に辿り着いた玄関の扉
“やったぁ~まだだ”
開かれていない扉に安堵する
〈ガチャ〉
扉を開けると
眩しい朝陽とともに
玄関先に立つ運送会社の配達員
手には小ぶりの花束が大事そうに抱えられている
『うわぁ~~!』
毎年と同じ光景がそこにあるのだが
何か1年ごとに違う嬉しさがある
『キレイ~~♪』
今年も同じ
青い薔薇の花束
その青さは
早朝の晴天の鮮やかな青さにどこか似ていた
『うわぁ~………』
いつ見ても心が奪われる
『あの――“ミハル”様でよろしいでしょうか?』
『ちがいますけど――よろしいです!』
にっこり微笑むエミ
『??』
『嘘です、嘘です!あたし、ミハルです』
『……………』
『姫ヶ丘第三中学校 二年三組、斎藤“ミハル”です』
『……は…はぁ………』
『………疑ってます?』
『え、あ、まぁ………あっ、いえいえ……』
『住所は同じですよね』
『えぇ、まぁ……』
どこか消化不良気味の表情の配達員から、エミは少々強引に花束を貰い受けた
『うわぁ……』
実際に手元に納まるとその神秘的なグラデーションが、気分を幸せにさせる
『あ………』
【Dear miharu】
“……ミ……ハ……ル……”
そのアルファベットの名前が記されたネームプレートも、毎年と同じ――
そして
ネームプレートとともに薔薇の花に埋もれた二つ折のメッセージカード
エミが真っ先に駆けつけたいワケがそこにあった
『……………』
〈ドクドクドク〉
“見てもいいよね……”
メッセージカードに手を伸ばす――
『なに?エミ?お客さんが来てるの~?』
『―――!?』
“マズい!”
背後からの声に
とっさにメッセージカードを手に取りポケットに忍ばせた
『あっ、ゴメンゴメン、宅配便がきてたんだ』
『ママ――見て見て!いつもの花だよ!』
『あっ、………そっか、今日なんだね』
『今年は特別キレイな気がするよ♪』
『そうだね“エミ"』
『………あの~~』
『はい?』
『?』
『どなた様が“ミハル”様なんでしょうか?』
戸惑いながら尋ねる配達員に
『私が“ミハル”ですけど――?』
なんの躊躇もなく応える母
『…………嘘つき……』
エミは小声でぼそりと呟いた
『それでは――受け取りのサインをお願いします』
『はい』
サインをする母の隣で、エミはまじまじと花束を見つめる――
“どんな人なんだろう?”
花束の向こう側にいる贈り主――
その姿を想像するのがエミの毎年の楽しみでもあった
“………………”
何故かこの青い薔薇を眺めていると――
その贈り主の顔が浮かんでくるように思えた
優しくて繊細で
包み込むように
穏やかな笑顔――
“きっと素敵な人なんだろうな~”
『――あと、もう一つ、お届けものがございます』
配達員が差し出す小包
『あっ、CD!?』
花束とともに毎年贈られてくるCD
そちらもエミにとっての楽しみだった
荷物の受け取りを終えて
ダイニングの椅子に腰掛けると
小包をテーブルに置く
『ねぇママ、開けてもいい?』
『ママよりも“ミハル”さんに聞いてね』
母は花束を片手に花瓶を探しに席を立つ
『“ミハル”さぁ~ん、いいですかぁ~?』
空中をぐるりと見回しながら尋ねてみた
『………………』
〈ミーン―ミンミンミンミーン……〉
開け放した窓から聞こえてくる蝉の快活な鳴き声
きっと近くの雑木林からだろうか
その鳴き声は、夏の暖かな風に乗って室内まで忍びこんで来た――
〈ミーン―ミンミンミンミーン……〉
『……………』
まるでエミの返事に応じるかのように
『――いいですよね♪』
待ちきれない心を抑えながら、丁寧に包まれた包装紙を大事に開け始める
『去年はつるのさんのCDだったなぁ~今年は何だろうなぁ~AKBかなぁ~だといいなぁ~』
包装紙から姿を現すモノ
『わぁ~……』
それは――
少し厚めのCDアルバムだった
『……「ハラッド」?……原さんのアルバム?』
「ハラッド」を手に取る
『ママ~、CD聴いてもいい~?』
『だからママじゃなくて“ミハル”さんでしょ』
花瓶と花束を両手に持ってやって来た母は笑う
『“ミハル”さんもきっと聴きたいって♪』
CDをケースから取り出し
跳ねるように勢いよく椅子から立ち上がると
プレイヤーにCDをセットした
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