Y-4 花の日のドラマ

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“もう!信じられない!!” やりきれない思いがエミの心の中に渦巻く 〈ジャリジャリ〉 駅のプラットホームの地面に靴底を思い切り擦りつける “ママなんて、もう信じられない……” あのメッセージカードを読んでから、いてもたってもいられず家を飛び出した 母に行き先を告げずに家を出たことには、全く悔いはない むしろ 出掛けに母の顔を見たくなかった 【今年もまた会えないでしょうか】 “……ママは会ってた……“花の人”と会ってたんだ……” 裏切られた気持ちでいっぱいになる ――《まもなく二番線に電車が参ります》―― 『……………』 駅の構内アナウンスで、ふと我に返る “あたし…何してんだろ” 母への憤りを感じながら夢中で家を飛び出した でも その目的地を定めた瞬間 エミの気持ちの中に不思議な心のゆとりもあった 身にまとうピンクのチュニックワンピース この夏に買ったお気に入りで、特別な外出の時にしか着ないつもりで取っておいたモノ “…………” それを選んでいた時の自分自身の嬉しい気持ちにエミは気が付いていた “…………” あと 肩から下げるトートバッグ その中に納められているモノ “もしも気づいてくれなかったら、どうしよう” 不安になり、出る間際に “花の人”がくれた薔薇の花の中から一輪だけ持ち出した その一輪の青い薔薇の花は “花の人”を探し出すための唯一の手段であり エミにとっては、“花の人”に会うことができる【チケット】のようなモノだった “ずっと会いたかったんだよね……” いつの間にか心惹かれていた その誠実さに その優しさに “花の人”と、彼が愛する“ミハル”―― 二人の深い絆を感じるたびに羨ましかった 毎年、決められた日に我が家に贈られてくる花 その花を受け取るたびに、エミは溢れるほどの愛情を感じていた それほどまでに人を愛することができる“花の人”に一目だけでも会いたい―― いつしかそう思ってしまった “もうすぐ会える……” 【今でも君を愛してる】 『……………』 〈ガタンゴトン――ガタン――〉 電車がホームに到着する 〈プシュー〉 “よし!行こう――!” 〈ギュッ〉 バッグの紐を掴む手に思わず力が込もった―― 確実に近づいていく目的地 〈プシュー〉 エミの気持ちは、動き出した電車のように、もう迷いが無かった 午前11時55分 喫茶「エトランゼ」 メッセージカードに記されていた待ち合わせの時間より30分も早く着いていたエミ ボックス席に腰掛けて、既に1杯のレモネードを飲み終えていた “そろそろ……かな……” 席に着いている間、何人かの男性客がエミの前を通り過ぎていた 〈ドクドクドクドク〉 通り過ぎるたびに心臓がバクバクしてしまう その中の誰かが“花の人”なのかもしれない 目印のために青い一輪の薔薇をテーブルに寝かせるように置いていた “きっと気づいてくれる” そんな確信があった “……………” 一方で 【斎藤 千恵子様】 “………本当は……ママに会いに来るんだよね……” 複雑な気持ちが、視線をうつむかせる 〈コツコツコツコツ〉 ゆっくりとエミの席に向かってくる足音 〈コツコツコツ――〉 席の脇で足音はピタリと止まる 『……………!』 “来た――“花の人”!!” 顔を勢いよく上げる 『…………あ…』 脇に立っていたのは中年の女性だった 『まぁ~~なんて綺麗な青い薔薇♪』 花に目を留め感激のあまり叫び出す ふくよかな体型からも、まるでこれからオペラでも歌い出しそうなよく通る甲高い声を発する 『初めて見たわ~!お嬢さんのお花なの!?』 『えぇ……まぁ……いただいたものなんですけど』 あまりにもはしゃぐ女性の問い掛けに恥ずかしくなるエミ 当然、周囲の注目を少しずつ集め始める 『青い薔薇って、私の記憶が確かならキリンビールが開発したんじゃなかったかしら……あら?サントリー?私の記憶、間違ってな~い??』 『し、知りませ~ん』 『ちょっとカメラ撮らさせていただいてもよろしいかしら~?』 カバンをあさり始める女性 “だ、誰か助けて~” いてもたってもいられず 『ちょ、ちょっとトイレに行かさせてください~』 慌てて逃げるように席を立つ 〈ガチャ――バタン!〉 『ふぅ~~……なに、あのオバチャン………』 額の汗を拭う 『………………』 少し冷静さを取り戻してから 時計の針を見てみた 午後0時5分―― 待ち合わせの時間を過ぎている “やっぱり……会えないのかな……” 化粧室の洗面台に自分の顔を映す “私じゃなくて……ママに会いに来るんだもんね……” 『……………』 “私と会う意味なんて、まったくないよね……” 〈バタン〉 席に戻るエミ 女性はもういなくて、薔薇の花はそのまま―― 『――――?』 すべてが元のままに思えたが、何か違和感が漂う 『…………ん?』 テーブルの上の花の隣に置いてある小さな二つ折りのカード “花の人”のメッセージカードによく似ている “あれ?私、メッセージカード置いてたっけ?” バッグを開ける メッセージカードは、やはりバッグの中にある “え?………まさか!?” 慌てて席に腰掛けると 両手でそのカードを手に取りゆっくりと開く 〈ドクドクドクドク〉 そこに走り書きされている文面―― 【もしかして、斎藤千恵子さんの娘さんでしょうか?】 “……“花の人”だ!” 【もしそうだとしたら、後ろの斜め右の席へ振り向いてください】 “―――え!?” 〈ドクドクドクドク〉 拍動がこれ以上ない速さで打ち始める “後ろに――“花の人”がいる!!” 〈ドクドクドクドク〉 『……………』 思わず硬直してしまった体を精一杯に動かそうと努力するのだが 汗ばかり出てくるだけで動けない “ど、どうしよう――” エミが、物心つくよりも前からずっと届けられていた“花” エミが、物心ついてからずっと、心を動かされていた“花” その“花”の贈り主が、今、すぐそこにいる ずっと会いたかった“花の人”が、今、すぐそこにいる “覚悟を決めるの!エミ!” 『すぅ~~はぁ~』 深呼吸をして “よし、大丈夫!” 〈ドクドクドクドク〉 高鳴る鼓動のまま 体をゆっくりと席の後ろに向ける 『………………』 〈ドクドクドクドク〉 見渡す後ろの店内 やがてすぐ 『!!?』 男性と目が合う 目があった男性は、目尻にいっぱいのシワを寄せて、満面の優しい笑みを浮かべる とても優しい笑顔 ““花の人”だ……” エミは、なんの抵抗もなく受け入れた 『……………』 『……………』
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