Y-4 花の日のドラマ

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『あ、あの~はじめまして……』 しどろもどろになりながら上目づかいに目の前の男性に挨拶するエミ 『はじめまして』 にこやかに微笑んでいる男性 『……………』 『……………』 あまりの緊張で会話がなかなか浮かばず ますます体が硬直していく 心なしかこわばる表情 相手は微笑みかけてくれているのに 微笑み返しすることすらできない “だって“花の人”が目の前にいるんだよ~” 心ならずもテンパってしまう 『なに飲む?』 『あ………レ、レモネードで』 男性は、ウェイトレスを呼び、注文を伝えている 『……………』 その朗らかな横顔 大人の男性的な頼りがいのある雰囲気 30代くらいだろうか―― エミが想像していたよりもずっと若いイメージがした 『ランチは?』 『――え?あ、まだいいです……』 『そんなこと言わずに、おごるからさ』 『あ、そ、それじゃあ……』 少しずつだが、緊張が解けていく気もする 『よ、よく分かりましたね、私のこと』 『その花を持ってたからね』 男性は、テーブルに置いてある花を指差す 『あ、やっぱり……』 『それに――あれだけ大きな声でオバチャンに叫ばれちゃ、気付くよ』 『……………』 『…………ん?』 『……………ぶっ、ふふふ――ハハハ』 『ハハハハハ』 緊張が一気に解けた 『それにしても、ひとりで、わざわざ来てくれたんだ、スゴいね』 『はい、でもどうってことないですよ』 さっきまでの不安感はどこへやら 『しっかりしてるね~家族の中じゃ、お姉ちゃんなのかな?』 『いえ、一人っ子なんです』 『………へぇ~……』 『…………?』 にこやかに微笑む男性の様子が少しだけ変わったような気がした 『ところでお母さんは元気?』 『――え!?あ、ま、まぁ』 『今日も、お母さん、忙しかったのかな?』 『そ、そうなんです、だから私に変わりに行ってきてって――』 自分の意志でここへ来たのに、何故かその気持ちを隠してしまう 『お父さんも元気?』 『はい――でも、もうホントにオジサン臭いんですよ……あの………“花のお兄さん”に比べたら……オヤジです』 『“花のお兄さん”?………ボクのこと?』 『あ……ごめんなさい……あたし、まだ名前聞いてなくって……』 『“お兄さん”かぁ――きっと君のお父さんと同じくらいだよ、ボクももう40代の前半だからね』 『え~~!?ウソウソ~~信じたくな~い!』 『ありがとう、ホント嬉しいな……』 『あのぅ、お名前、教えていただけますか!?』 『ボクの名前は、ツヨシだよ』 『ツヨシさん……』 『君の名前は?』 『私はエミです――斎藤エミです』 『………………』 『……………?』 『…………そっか、エミさんか……』 『どうかしました?』 『ん?いや、素敵な名前だね』 先ほどと同じように微笑む表情が少しだけ変わったような気がした 寂しげな陰がチラッと見え隠れするような―― 『………………』 『………………』 いてもたってもいられず 『あの――何かあったんですか?』 『え?』 『“ミハル”さんのコトなんですか?』 『――――!』 『ツヨシさんは、もう知ってるかもしれないですけど……奥さんの“ミハル”さんは、いないんですよ』 『…………奥さん?』 『私がこんな事、言っちゃっていいのかな……』 『……………』 『でも、ツヨシさんが、毎年、せっかく贈ってくれる“花”が届けたい人に届いてないだなんて……私、悲しくて……』 『………エミさん………』 『………私………』 エミはテーブルの上の花を両手で大事に支えるように拾い上げる 『私、ずっと、この“花”を贈ってくれてた人がどんな人なんだろうかって想像してました』 『………………』 『贈り相手の“ミハル”さんも、ここまで愛されるくらい、きっと素敵な人なんだろうな、って』 『………………』 『二人の関係は私にとっての理想だったんです』 『………………』 『夫婦でも、恋人でも、友達でも、親子でも――こんな関係になれるとしたら、どんなに素敵なんだろうって………』 『………………』 『でも、“ミハル”さんには届いてなかった………』 『………………』 『ごめんなさい……私は、贈り主の方が何も知らないことをいいことに、ずっと“ミハル”さんへの贈り物を貰ってたんです』 『…………………』 『“ミハル”さんに届かないことを知っていながら、毎年、いつの間にか、自分の楽しみにしちゃってて』 『………………』 『“ミハル”さんと、ツヨシさんに謝らないといけないんです――』 『………………』 『本当にごめんなさい』 『………………ボクにも、君くらいの娘がいたハズなんだ』 『…………はい?』 『でも、ボクは、その命を望んでいなかった』 『……………?』 『若すぎたのかもしれない』 『……………』 『ボクは、彼女に夢を見る素晴らしさを教えてやれなかった――』 『………………』 『風の心地よさを感じ、花の匂いを感じながら、生きていくことの喜びを与えてやることすらできなかった――』 『………………』 『流した涙の暖かさや、ひとに抱かれたぬくもりの尊さを教えてやれなかった―――』 『……………』 『人を愛する素晴らしさを教えてやれなかった――』 『………………』 『全部、ボクが彼女から奪ってしまったんだよ』 『………………』 『………………』 『……なんか、ガッカリしました……』 『…………え?』 『聞かなきゃよかったです……』 『………………』 『私は“花の人”が純粋な気持ちで“ミハル”さんの幸せを願って……あの花を贈っていたのだと思ってたから……』 『………………』 『でも、ツヨシさんの話、聞いていたら、なんか自分のために花を贈っているだけのような気がして……』 『……………え?』 『償いだとか、未練だとか、そんな気持ちの花なんて“ミハル”さんは望んでないと思います――』 『……………!』 『ちょ、ちょっと、私、これで失礼します』 『え!?』 花を手に取りバッグに慌てて詰め込むエミ 『すみませんが、会計も一緒にお願いします』 千円札を花と入れ替えるようにテーブルに置く そして立ち上がり、いそいそと席を離れる 『あっ、エミさん、ちょっと――』 『ごめんなさい、ホント失礼します!!』 バッグを肩にかけた瞬間 〈ポトン〉 バッグの中から小物が落ちる くるりと向き返る、エミはそれに気付かずに足早に去る 『ちょっと、エミさん、待って』 ツヨシは、その床に落ちたモノを拾い上げ、エミのあとを追う 拾い上げたモノは、彼女の電車の定期だった 『……………』 そこには彼女の名前が記されている 『………………』 “斎藤………” そこまで読むと―― 『………え!?』 そこに記された名前に 彼は自分の目を疑った 『………………』 そして 全てを理解した 喫茶店の出口から数歩進んだ途端に 『エミさん、待って!忘れ物!』 『―――え?』 呼び止められたエミが振り向くと、そこにツヨシがいた 目の前にいた彼に 〈バッ〉 『!!?』 『……………』 突然抱き締められた 『あ、あの――ちょっと!』 『少しだけ…………』 『……………』 『……………』 無言の中で大きな体と腕に抱かれる感覚 恋人とはまた違う 何かもっと大きなモノを感じた ぬくもりや 力強さや 安心感 “………………” 幸せだった あの花から溢れていたメッセージと同じものが エミの体から心の奥深くまで包み込んでいた “やっぱり……あの“花の人”だ……” 『………………』 『………………』 やがて 魔法が覚めるかのように 腕が解かれていく 『………………』 『………………』 『また……会えますか?』 『多分……もう会うことも……ないよ……』 『え……?』 『そのほうが……いいんだ』 『……………』 『……………』 『……でも……“花”は贈ってくれますよね』 『………………』 『……………?』 『あぁ……贈るよ……』 『……………』 最後に見れた彼の笑顔が 夏の日差しと眩しいまでに混じり合っていた――
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